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    【Rainy daY】

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 夜風に当たり、脳内に新鮮な空気を巡らせクールダウンすると、不思議と気持ちは落ち着いていくものだ。冷静になるに連れ、満流は自分の言動の浅はかさに恥ずかしさを覚えていた。顔が火照り、正面に座る渚の顔を直視できない。
 「落ち着いた?」
 俯いた頭に手を乗せ掛けられた声に、満流が無言で頷く。
 「一流と守くん、あと同じ部屋の他のヤツも隣の部屋でトランプしてるってよ。アイツ等ホント好きだよな、トランプ。今時珍しいだろ。」
 他に何もないとはいえ、朝方近いこんな夜中にまでトランプに興じる学生が他にいるだろうか。しかも次の日は一日自分達のみの力で生き抜かなくてはならず、かなりの体力が必要とされることも容易に予想出来るというのに。
 …いや、あいつは三徹くらいけろっとした顔でこなすな。
 大はしゃぎでカードをくる親友の姿を想像しため息を吐いていると、満流がクスリと笑った。
 「あたしも好きだよ。カードゲーム。」
 「そういやめちゃめちゃ強かったよな。」
 やはり優しい調子で、渚は穏やか笑って言う。
 部屋の中に男女が二人っきりなのに妙な安心感があるのは、二人が幼なじみだからか、それとも彼女が一流の妹だからか。
 戸籍上別家族だとは言え、妹である満流にその場の雰囲気だけで手を出したとなれば、それこそ次の日には自分の死体が海の上にあるだろう。それに、中途半端に記憶の残った彼女に触れる勇気が、今の渚にはなかった。面影はあるのに、彼女と話していると何処か別の世界の住人と喋っているかのような気分になる。
 渚が次の言葉を探していると、満流は申し訳なさそうに眉を下げた。
 「ごめんね、こんな夜遅くに騒がせちゃって。」
 「気にすんなよ。俺たちは全然気にしちゃねえからさ。あいつらも、生でメグム見れてラッキーくらいにしか思ってないだろうし。
 それより一流が一番お前のこと心配してたよ。『あんまり寝れてねえんじゃねえか』とか『こんなになるなんてただ事じゃない』とか。お前がメグムのことどんだけ知ってんだよってな。」
 ポツポツと窓が鳴り、雨が降り始める。段々勢いを増す雨。雷が、唸り始めた。
 満流の顔が困ったように歪むのを見て、しまったと顔を背ける。一流が心配していたのは本当だが、言った後で無神経だったかと思い直した。
 渚が恐る恐る彼女を覗き込むと彼女は静かに微笑んだ。
 「変だよね、兄妹なのに。」
 兄貴より、幼なじみより友達の方があたしのことよく知ってるってさ。そう言った満流がじっと見つめていたのは、男子にしてはきれいに片付けられた一流の荷物だ。この時初めて彼女は、渚に対し自分が満流であることを真っ正面から認めた。
 「満流……」
 「なに?」
 「イツが言ってたんだ。ほんとは誰より最初に頼って欲しいけど、多分今は自分じゃ駄目なんだって。マジで心配してた。俺はイツやお前ほど賢くねえし、守くんみたいに敏感でもねえから難しいことは分かんねえけどさ、満流は満流のまんまでいいんじゃねえかな?嫌なやつになってようと暗い奴になってようと、俺たちは別にそれでおまえのことがどうこうとは思わねえから。
 知らない方がいいって言ったって気になるし、避けられんのは結構辛い。そんなに俺たちを突き放したいなら、ちゃんと説明するとか、それこそほんとに嫌な人間になるとかしろよ。ていうかしてくれ。」
 何か、納得のいく理由が欲しかった。避けられなければならない理由。喩えそれを聞くことによって傷付くことになったとしても、今のこの中途半端な状態に比べれば幾分楽になれる気がしていたのだ。
 嫌われる理由若しくは嫌う理由があれば、きっと離れられる。
 しかし皮肉にも、彼女が選んだのは思いを断ち切るに相応しくない、かと言って受け入れるわけでもない言葉。
 ………ありがとう、渚。本当に、ありがとう。
 満流は笑ったが、その先を続けようとはしなかった。
 夜なのでテンションが下がっているのだろうか、それとも単に疲れているのだろうか、いつもと少し様子が違う。具体的に言えば、普段の子どもっぽく無邪気な喋り方と違い調子が落ち着いているのだ。
 そして今更だが、彼女が八年前のままではないことを痛感した。大人びた。体だけでなく言葉や仕草、放っている雰囲気すらもが以前とは違うのだ。
 目の前に清艶たる様で座るのは、高橋満流の過去を持った“小桜満流”であり“高橋満流”ではない。今度は渚たちが認めるべき事実がそこにはあった。
 「そろそろ…イツたち呼び戻すか。満流も落ち着いたみたいだしさ。あいつ等放っといたら朝まで遊び続けんぞ。」
 「あー。それはよくないね。渚と一流には明日食料採集に繰り出して貰わなきゃなんないのに☆」
 彼女にいつものペースが戻って来た。いつの間にか、笑顔も明るく花を咲かせている。
 “にっ”と笑う満流。化粧などしなくとも、十分公に晒せそうだ。
 「食えるもん作れよー。」
 「しっつれぇだな!うちの班で料理できないの、渚と槙だけだからね!」
 「何で俺も出来ないことになってんだよ!」
 渚が笑いながら手の甲で軽く額をはじく。
 新しい時間が流れていた。チク、チク、チク、チク、チ——————満流の洒落た腕時計が細やかに動く。


 真奈に待ち合わせさせた倉庫裏。
 琳浚の生徒、いや、子供ですらない二つの人影が娘の無謀さに溜め息を吐いた。
 「何考えてるの、あの子は。」
 味気のなくなった眠気覚ましのガムを飲み込み頭を掻く。見上げれば無数の星々が彼等を見下す。
 「立場、解ってないよなぁ。」
 「真奈も真奈やわ。言ったらあの子が無茶するのなんか分かりきってんのに。後で一回シメとかなあかんね。」
 冗談だか本気なのだか分からないような言い方をしたが、彼女は至極真剣だった。隣の男が軽く肩を叩く。彼女は余裕を見せつける笑顔に腹立たしさを覚え、顔面を正面から叩いた。勿論、相手に何のダメージも与えられないことは百も承知だ。いい加減な痛がり方に、本気で殴ってやろうかとも思うが、子どもっぽいことだと理性が止める。
 彼女が我慢する姿を、彼は微笑ましく見ていた。
 「退屈なんやろ、真奈も。」
 「そないなことは分かってるよ。しゃあないやん、上の連中があの子らを信じない限りはウチらも、あれ以上の仕事も、以下の仕事も出されへんのよ。そんな話違うくて、担当がウチらと違うかったらどうするつもりやったんやろうってハナシをしてるの、ウチは。」
 「ああ、そーゆーことな。俺等じゃなきゃこないなことせえへんやろ。真奈は物分かりだけはええ奴やからな。」
 楽観的、女の方が指摘すると、男は二五の時から全く老けない顔を緩めてみせた。
 中高生がするような会話を交わす二人。彼等こそ、真奈が慕い満流に厭われている人物——高橋流、葉流だ。
 「それにしても、満流も葉流に似てきたなぁ。思った以上に賢くなってるけど。」
 「嬉しいんだか悲しいんだか。賢くなり過ぎられて困るんはウチらやん。槙ちゃんと満流と、敵に回したら脅威以外の何物でもないわ。」
 「俺は単純に嬉しいけどなぁ~。十六年前の葉流見てるみたいで。目の保養~☆」
 「………一体どこで覚えるのよ、そういう日本語。」
 怒りを通り越し呆れた彼女が苦笑する。外国滞在期間の方が圧倒的に長いにもかかわらず、彼は日本語を巧みに操る。勿論無意識下でそれを彼に植付けているのは彼女だ。
 そして、その逆もまた然り。
 彼等は八ヵ国語を自在に操り各地の人々と交流を交わす。現地に足を運べば方言まで使い分ける。カルトの一員として機能する為に、最低四ヶ国の言語と武術、射撃技術を、更に一定以上の位に就くには読心・読唇術を身につけさせられる。
 「帰ろう、次の仕事や。」
 彼の静かな声が雨と雷の音に混じって彼女の耳に届いた。頷き、傘も開かず倉庫の陰から出るとじとじととした空気が体にまとわり付く。苛々しながらその中を駆け足で過ぎた。
 これから浴びる穢れた空気のことを思えば、こんな湿気はただの水に等しい。雨はいつまでも、二人を呪うように降り続けた。


 真奈、あの子たちを頼んだからね。


 彼等は何時だって遺言のような一言を残して“猫”の前を去る。何時息絶える時が来たとしても安心してこの世を去れるように。餌を与えられた“猫”は律儀に約束を守る。次に彼等が帰った時、二人の宝が無事である姿を見せるため、そしてあわよくば新たな餌を貰うために。
 「忠犬…どっちかと言えば猫か。忠猫?」
 “猫”の姿を知る多くの人間が春野をそう呼ぶ。それで全く構わなかった。“高橋に飼われた猫”として鼠を捕る、それが春野の“仕事”だ。
 振りつのる雨にいち早く嵐を予感する。月は見ようにも、雲に隠れて光も見えない。今朝方土砂降りになるだろう。
 疼く胸部を鷲掴みにし、落ちる様にして木から離れる。

 徐々に早まる雨脚。
 満流は帰るタイミングをすっかり失ってしまった。