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 We love yoU

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 この年の残暑は厳しく、長く日差しの強い日が続きそうだった。この様子だと、夏が終わり九月、十月を迎えても半袖短パンで過ごせるのではないだろうかと思うほどだ。
 渚と一流に正体がばれたことで、夏休み中槙はカルトの監視役に付けられ自由に遊ばせて貰えなかった。夏だというのに、ついてない。
 溜め息を吐くと、白衣の女医が振り向いた。
 「どうかした?」
 カルテらしき紙の束から一枚をぺらりと捲りながら、胡散臭い眼鏡をかける女医。槙は掛けられていた布団を除けて座り直した。
 「なんでもないです。強いて言うなら、病気でもないのに個室なんて大袈裟だなと思って。他に治すべき患者さんっていくらでもいるんじゃないですか?」
 「大部屋の方が良かった?」
 「そりゃ、私は個室の方が良いですけど」
 「ならええやないの。文句言わへんといてくれますー?」
 「適当過ぎるんですよ、明さんは」
 槙が再び息を吐くと、女医は娯しそうに笑う。彼女にしてみればこんなのただのイベントに過ぎないのだろうということが、表情から余裕を読み取れる。
 明さん。かつて、アキラちゃんだった又従弟の母親はしわが増え、少し痩せたようにも見える。今現在居るこの場所は彼女の仕事場、槙の母親でいう食堂にあたる処だ。
 息をする度、エタノールの臭いが軽くする。明の白衣から漂う病院独特の香り。彼女のいる清潔で静かな病室は、不本意ながらなかなか居心地がいい。
 窓の方から微かに聞こえる鳥の音。羽音。飛び去った鳥を目で追いながら明は笑う。
 「テキトー上等。考え過ぎると疲れるやないの」
 「明さんはもう少し考えても大丈夫ですよ」
 「イヤよぉ」
 視線を紙面に戻すと、彼女はまたぺらりとそれを捲った。
 「コーちゃんみたいにピリピリしたぁないもん。楽しいのがええの、私は」
 「そんなにピリピリしてます?私。そういうつもりは無いんですけど」
 「してるしてる~。今もちょっとイラついてるやろ。夏休みが終わって真奈が帰って来たら解放したげるからちょい待ちや。そもそも、へましたコーちゃんが悪いんやからね。以後、気を付けなさい」
 「はぁい」
 ふざけた調子で槙が手を挙げる。大都会に出てきても方言が抜ける気配のない明の話し方は、いつだっていい加減で能天気なので親しみ易い。院内の患者にも評判らしいが、その反面槙は彼女が何を言っても信憑性を感じなかった。
 おもちゃみたいなのだ。明の口を突いて出る全ての言葉は、おもちゃみたいにふわふわと宙に舞う。だから、例え個室に“カルト”としての明と二人きりになっても気を張ることはなかった。
 「せや、コーちゃん」とはっと気付いた明が顔を上げる。
 「みっちゃん地下室から出してもろうたらしいよ。うろうろして落ち着かへん言うて、葉流が笑うてた」
 「そうですか」
 槙が言うと、力が抜けたように目尻が下がるこうしてみると、明と美樹は従姉妹にしてはよく似ているかもしれない。
 再び紙束に視線を戻しペンを抜く彼女。軽快に響くボールペンの音。流れるように紙上へ線を描いた。
 「しかも、もう“訓練”も始めたらしいしな」
 「訓練?」
 「護身術やら何やら、ね。随分長くやってなかったみたいで、鈍ってるんやて」
 若い子はいいだとか、おばさんは衰えるばっかりだというのにとか言って片頬を膨らませる。その仕草が可愛くて、何だか笑える。
 「うちの母親に比べりゃ明さんも十分若いですよ。でもまあ、二人ともそろそろ潮時なのかもしれませんね」
 「言うやないのよ。でもまだもうちょいやれるで。“ギリギリまで粘る”のがうちらのやり方やもん、簡単には代替りさせたりせえへんよぉ」
 「息子想いですねぇ」
 「ちゃうちゃう。あのアホに任せてたら、任務も命もぐだぐだにして仕舞いになるんがオチや。明ちゃん、そないなん心配で夜も眠れないわぁ」
 両手を頬に当て、ふざけて顔を左右に振る。角度を変えた紙束がちらと槙の目に映った。

 “顧客リスト”

 ああ、やっぱり“そっち”の仕事中か。
 気付かないふりをして、わざと顔を窓へと逸らす。青々と茂る木の葉が槙を笑った。お前はまだ現実を認められないのか、滑稽な奴だと言わんばかりに。
 「満流はっ———、満流は、渚もやれば出来る子だって言ってましたよ。それに、明さんの息子だもん。何だかんだでうまくやるんだよきっと」
 「あらぁ、みっちゃんが?渚を?珍しいこともあるもんやなぁ。昔は絶対いっくん以外の人間褒めたりせえへんかったのに」
 「満流は褒めるときはちゃんと褒めますよ」
 そんな曲がった根性はしてません。槙が笑うと、それはそうだと彼女も頷く。
 木を揺らしていた風、槙を笑っていた風がいつのまにか強さを増し、窓をガタガタと鳴らした。それを見た明が立ち上がり、さり気ない様子でクリーム色のカーテンを閉める。
 何にしても、と明は続ける。
 「私らだって出来ることなら我が子にはこないな汚れ仕事なんかさせたくないわけよ。みっちゃんにも、コーちゃんにも、真奈にも守にもいっくんにも渚にも。カルトのメンバーもまた人間やからね、一応」
 槙の隣に静かに腰を下ろし、優しく笑う。密室内に漂うほんのり柔らかな風を感じた。彼女が独特に持つ、のんびり暖かいオーラだ。
 「何を言われても、何を思っても、血の繋がりは断ち切れへんやろ?人が、生涯で唯一失うことのない確かな繋がりや。
 人間は弱いから、そういう“確かなもの”に頼りたがんねん。一人は辛いから結婚するし、子どもも産む。
 私らだって同じよ。
 そりゃ、私らは“正しい道”を示してやれへんようなどうしようもない親やし、色々考え足らずなとこもあったかもしれへんけど、家族を作ったことは後悔してないで。可哀想なことをしたとも思うけど、こないなことになっても未だあの子が愛しいって思う。産んで良かったって思う。
 親はねコーちゃん、我が子が一番なんや。腹痛めて産んだとか、金かけて育てたとか、そんなことはどうでもええねん。
 せやから、お母さんには『早く引退すりゃいいのに』なんて言ったらあかんよ。“場違いな親”なりに、子どもに尽くしてるんやから」
 そう言って明が槙の頭に触れる。圧力にもならない、やんわりとした感触だ。きゅっと胸の奥が締め付けられたような感覚に襲われ、思わずツンとする鼻から体内に入る空気を一時的に止める。
 頬が、鼻が、目が熱かった。
 「明さん———」
 小さな声を出す。
 「ごめんね」
 明は気にすることはないと言い、軽く槙の肩を叩いて笑った。
 そして最後に、一つの言葉を残して部屋をあとにする。
 こんな権力に化けた遊びに負けず、自分の道を選びなさい、と。

 『生きなさい。醜くても、卑しくてもいい。醜く、美しく、儚く、いつまでも生きなさい』

 音もなく、静かに扉が閉まる。
 それが、槙の見る最後の“佐藤明”だった。