●鷹巣山
東京都 鷹巣山(1736m) 快晴
2010年2月6日(土)
<参考コースタイム>
奥多摩駅(バス・)→峰谷バス停→(60分)奥集落の最奥→(10分)浅間神社→(2時間)避難小屋→(30分)鷹巣山山頂→(1時間)六ツ石分岐→(2時間)奥多摩湖駅
●歩行時間:6時間
●日帰り温泉:もえぎの湯
2月は、奥多摩か丹沢辺りの1000m級の山頂で雪を踏みしめて、雪に覆われた山々を眺めてみたい。そんな希望を叶えてくれそうな山が、標高1736mの鷹巣山。
雲取山から東に連なる石尾根のほぼ中央に位置する鷹巣山は、雲取山、七ツ石に次ぐ東京では3番目の標高を持つ。08年10月の紅葉時に一度登ってはいるが、そのときは終日、霧がかかって浅間尾根や山頂からの眺望は見られずじまい。好天の日を選んで、再度チャレンジするのもいい。しかも浅間尾根の入口に当たる、天界の集落といわれる「奥集落」の冬景色をぜひ観てみたい、という願望もある。
というわけで、今回は比較的早くから目指す山は決まっていたのだが、肝心の雪の便りがない。
そう思っていたら、2月1日の深夜から都内でも霙が降りはじめ、翌朝郊外は一面の銀世界。しかし待望の雪は降ってくれたが、ちょっと降り過ぎたようだ。奥多摩の山々はさぞ大雪だろう。週末の登山に支障はないか、ちょっと不安になってくる。
奥多摩駅から早朝7時50分発の峰谷行きのバスに乗り、車窓から奥多摩湖畔の様子を見ると、道路にはまだ大分雪が残っている。
終点の峰谷のバス停辺りの人家の屋根にも、今週の寒さのせいで雪がたっぷりと残っている。除雪作業も、まだ済んではいない様子だ。
バスを降りると運転手さんが、「こんな寒さいときに山に登るなんて、元気だねエ」と少しあきれたように声をかけてきた。
峰谷バス停
バス停の標高はすでに700m。手元の温度計を見みると気温は3度。
ここから舗装道路を少し上の方に辿って、登山口への近道に入る。
初秋に訪れたときに観た見事な紅葉の風景が、今日は予想通りの冬景色。檜の梢に残った斑(まだら)模様の雪景色も美しい。
アスファルトの道路を離れて山道に入ると薄っすらと雪が残っているが、凍結していないので歩きやすい。
どこからか、不意に風花が舞ってきた。
風がないので、梢の雪が落ちてきたわけではないようだ。
重く、湿った空の彼方では、きっと雪になっているのだろう。
快晴の天気予報も怪しくなってきた。わずかに東側の山上に見える青空が広がってくれないか。
バス停から40分ほど歩いて、ようやく人が棲む集落最奥の家の前を通り過ぎた。人家の前の、葉をすっかり落とした巨大な欅の裸木が、寒む空に向かって元気良く枝を広げている様子は、どこか健気に映る。
いよいよ山肌に雪を残した山里の冬景色が一望できる場所にきた。
この山里の景色が観てみたかったのだ。
わずか5日前の大雪の朝は、きっとこの鋭く切れ込んだ深い谷も、向こうに見える榧ノ木尾根も、家々の屋根も、すっぽりと白い雪に覆われていたのだろう。
人家を後にして緩やかな道にさしかかると、徐々に残雪が多くなった。浅間神社の社の前で、先行の登山者がアイゼンを着けている。
秋に来たときは、浅間神社を過ぎるとカエデやブナが紅葉しかかっていて、豊かな森を印象付けていたが、いまはすっかり落葉し、一面雪に覆われて寒々しい。その分、裸木の間から、想像もしなかった浅間尾根の深い谷あいの景色が眺められる。
急坂を登り、高度を稼ぐに従ってさらに雪が深くなり、くるぶし近くまで埋まったから、積雪は10cmといったところか。気温もすでにマイナスになっている。ホッカイロを握り締めていないと手がかじかんでくる。
ようやく行く手に待望の陽が差してきて、高丸山の上に真青な空が広がっている。この辺りから傾斜も緩くなって、身も心も軽快になった。
クヌギの木立の間から、薄っすらと雪化粧した山波を横目で見ながら、緩やかな尾根道を辿る。
同じ山なのに、紅葉の季節と葉が落ちた季節が、これほど異なる景観とは・・。ブナの葉が茂る新緑の季節は、また違った景色を演出してくれるのだろう。いつか、その季節にもう一度この山を訪ねてみよう。
柔らかい陽射しを受けた雪面をよく見ると、四足動物の足跡がある。恐らく鹿の足跡だろう。木立から飛び出して、この山道をいっさんに走りぬけて行った様子が良く分かる。
相変わらず雪はスノーパウダーのように柔らかく、アイゼンを着けるほどではないが、雪を踏みしめるときに滑らないよう力を入れるので、くるぶしや太ももが痛くなってくる。
緩やかな登りだが、これが結構こたえてくる。
バス停から3時間を過ぎた頃、傾斜がきつくなり、そこを大きく左にカーブすると、ようやく鷹巣山避難小屋が見えてきた。わずかな登りだが、すでに足が相当重くなっている。
小屋に着いたのはちょうど12時。入口の大きな温度計をみると-7度を示している。
ここで昼食を摂る予定になっていたので、リュックの外ポケットからスポーツドリンクを出して飲もうと思ったら、なぜか液体が出てこない。シャーベット状になって、上部がすでに凍りついている。部屋の中の温度計を見ると、ここも-4度と外気と3度しか変わらない。水を入れた大きなポリタンクの中も完全に凍り付いている。
真冬、避難小屋で泊まるには、小屋内でテントを張らなくては凍え死んでしまう道理。
バーナーを出して昼食の用意。メニューは前日作っておいたスープとサンドイッチと握り飯。スープはテルモスに入れておいたが、バーナーでもう一度温め直して飲む。さすがにワインはザックのなかに入れておいたので凍ってはいないが、この寒さでは身体を温める効き目もなさそうだ。
コーヒーを淹れ、ゆっくりしていると、いつの間にか一時間も経過している。慌ててアイゼンを着け、出発の準備をして表に出ると、陽は差してはいるが、凍えるような突風が吹いてきた。
昨夜確認した天気予報によると、奥多摩地方は、午前中は南東の風速1mの柔らかい風だが、午後から風速3mの冷たい北西の風が吹くという。予報通りの風向きだが、この凍えるような強風は予想外。
ザックを背負い、斜面を少し歩き始めると、太ももに張りがある。このまま登って行ったら、いつか足がつるかもしれない。先を行く相棒にそう言うと、相棒も全く同じ状態だという。突然寒風に当たって筋肉の血流が悪くなって、こわばったのかもしれない。放置しておくと肉離れの恐れもある。一度小屋に引き返し、太ももをマッサージすると、ほぐれてきた。
10分後、再び山頂を目指して小屋を出た。見晴らしの良い防火帯を30分ほど登れば、山頂に着くことになっている。
山頂への道には、雪がたっぷり残っている。
踏みあとはあるが、道を逸れるとくるぶしの上まで雪に埋まってしまうほど。
左右の見晴らしは申し分ないが、強風が頭上の木々を容赦なく煽り、不気味な咆哮をあげている。
まるでゲレンデのような緩斜面だが、見た目以上に斜度がある。
足のツッパリはすっかり治まっているが、容赦なく下から吹き上げてくる地吹雪がいたたまれない。竜巻のような勢いで粉雪を舞い上げ、山頂に向かって吹き抜けてゆく。寒さも半端ではない。
一度大きな地吹雪が来たのでカメラを向けると、強風で腕が大きくぶれてしまうほどの勢い。
この強風で、先を行くカップルが立ち往生している。
最後の急登を越えて、小屋から30分かけてようやく山頂に着いた。
見晴らしの良さに、暫く声もでない。
振り返ると、さっき追い越したカップルが再び歩き始めて山頂に近づいてきた。
山頂に着いた途端に、不思議なことに風がぴたりと止んだ。日差しも温かく、寒さも感じない。
小屋を振り返る
山頂は富士山も見えるロケーションだが、今日は残念ながら3合目から上は厚い雲に霞んで、全貌は拝めない。
富士山
しかし御前、大岳、三頭山の奥多摩の3主峰の向こうに丹沢山系、東側には大菩薩嶺や奥秩父連峰、西の方角には都心のビルもはっきりと見渡せる。地平線の向こうに広がる青色の帯は、太平洋か?
冬の陽の光は弱いが、雪原に反射する光は眩しいほどの明るさで、乾燥した空気でどこまでも見渡せる透明感のある景色。
雪山の魅力は、他の季節とまた違ったものがある。
下から登ってきた女性が、山頂に立って歓声を上げている。よほど嬉しかったのだろうか、雪面に身を投げ出して気持ちよさそうの青空を見上げている。
山頂からの景色に見惚れて30分も過ごしてしまった。時計はすでに2時を少し回っている。
下山は六ツ石山に向かう尾根を下って、水根山から倉戸山を経て熱海のバス停に降りることになっている。
石尾尾根のこの斜面の雪は、相当な深さで40cmを越えている。
下り始めると、また強烈な地吹雪が起こって、瞬く間に踏みあとの上に粉雪を吹きかけてゆく。
30分ほど下ると六ツ石山に至る石尾根と、倉戸山に向かう分岐に出る。そこからさらに15分ほど下ると、今度は水根沢林道との分岐点がある。このまま倉戸に至る榧ノ木尾根を下る予定だったのだが、急遽水根に降りようと道を左にとることにした。
踏み跡がしっかりしているし、緩い下り坂で不安はないが、予想に反して距離が長い。雪で覆われた、狭くて、一人の登山者に行き交うことのない深閑とした山道ひたすらくだることになる。
ところどころ、谷に切れ落ちた狭い道や小さな橋があり、雪や橋板を踏み外すとそのまま水根沢の細い川底に滑り落ちる箇所もある。
小さな渓流にふと足を止めて、流れを良く見ると、わずかな流れに太いツララ垂れ下がっている。
黙々と、この雪で覆われた細い道を辿って、ようやく人家が見えるところに着いた。だが、そこから先の道標が分かりにくく、水根バス停にたどり着いたのは、すでに5時半を回っている。
山頂から3時間もかかったことになる。
結局、奥多摩駅に着いたのは、陽もどっぷりくれた6時を過ぎていた。
いつのも駅前の食堂にはすでにカーテンがかかっている。
すでに温泉はとうにあきらめているので、駅前に餃子と書かれた飲み屋風の店があるので、入ってひと心地。
生ビールがあるというので、頼むとやけに冷たい。良くみると薄っすらとシャーベット状態になっている。ここでも気温は0度以下なのか?
カウンターだけの小さな店に先客が二人いて、一人は地元の猟友会に所属するハンターとか。しとめた鹿が手に入ると、この店で振舞われるというが、残念ながら本日はその余禄には預かれない。ハツ(心臓)がことのほか美味しいという。
話を聞くと、奥多摩で鹿が繁殖し始めたは、10年前に始めた禁猟に原因があるらしい。その後、鹿の害が広がって、今ではこの猟友会には年間350頭の狩猟のノルマが課せられているそうだ。
ビールの後はお決まりの澤ノ井の熱燗を1本。この店には、鹿のから揚げというメニューもあるが、すでにお腹が満ちている。
7時を少し回ったところで、そろそろ電車の時刻。
本日の総登山歩数は28000歩というところか。
顔が少しひりひりしているのは、雪焼けが原因のよう。
●参考日帰り温泉:もえぎの湯