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「普通」は禁句

アスペルガーで高IQな息子との毎日。愚痴とか悩みとか日々のこと。

息子は幼稚園の頃から療育に通っていました。

小学校に上がる前、療育の先生から「息子君は普通級でいけると思う」と言われていました。

 

小さい頃から息子は怖がりなところがあり、親の手を振り払って走り出したり、お店で自由に動き回り迷子になる・・・ということが一切ありませんでした。

また、年長の時に受けたWISC-IVの検査結果がどれも高く、一番低い項目でも平均値の上を行っていました。

 

言葉の多動があり、いつでもべらべら喋っていること。

一斉指示の内容はわかっているけど興味がないことだとやらないこと。

体幹が弱く、いつもグネグネしていたこと。

これらのことが気になって、果たして小学校で45分の授業を椅子に座って受けられるのだろうかと不安でした。

 

私達の希望で就学前相談を受けたのですが、WISC-IVの結果が重視されたようで私達が不安に思っていることは子供あるあるみたいな感じで「小学校に入ると大丈夫だと思います」と軽く流されてしまいました。

入学して気になるようなら、また就学相談が年に1度あるのでそれを受けてみては、とのことで就学前相談は終わってしまいました。

 

大丈夫なんだろうかという不安と、就学前相談でたくさんの子供を見てこられた方々が普通級で大丈夫と判断されたのだから私達が気にし過ぎなんだろうか、という気持ちが入り混じったまま入学式を迎えました。

 

入学してしばらくすると、息子が授業中に立ち歩きしたり教室から勝手に出ていっていることがわかりました。

療育の先生方も、息子を小さいころから見て下さっていた臨床心理士の先生も、この行動は予想外だったようでとても驚かれていました。多分、療育で立ち歩きや勝手に出ていくなどがなかったからなのかなと思います。

 

息子に授業中は座って授業を受けること、立つのは休み時間、などを何度も何度も伝え、そのたびに息子は「わかった」と答えるも一向に問題行動は改善せず。

始めての学級PTAでは息子の席の周りのお母さん方に「いつも迷惑かけて申し訳ありません」と謝罪しまくりました。

 

ある時、息子が授業中に立ち歩く理由を話してくれました。

「勉強がゆっくりでつまらないから」

 

診断は降りていなかったけど、間違いなく発達に凸凹はあると思っていた私達ですが、この理由にはただただ驚きました。

後で思ったのですが、テレビやネットで話題になるような凸凹のない本当のギフテッドなら、授業がつまらなくても頭の中で自由に何かを考えつつ席に座ってやり過ごすことが出来るのだろうなと。

残念なことにうちの息子は高IQではあるものの凸凹があるため、このような行動が取れず「授業はつまらないから帰ろう」となっていたようです。

 

確かに小学校1年生のはじめのうちは、ひらがなの練習や数の数え方などがゆっくりペースでした。

この時点で息子は中高生向けの本を読んでいたので読みに関しては漢字もすごく進んでいました。他の教科でも興味がある分野に関してはYouTubeを見たり、図書館で本を借りたりして勉強していました。

そんな状態の息子にとって、学校でのゆっくりペースの勉強は合わなかったようです。

 

臨床心理士の先生にも相談し、本人が授業中に立ち歩かないよう、また周囲にも迷惑をかけないためにも、自宅から本人に合ったレベルのプリントを持参させるのはどうだろうかとなりました。

早速、学校側にこのことを伝えてみたのですが、即却下されました。

理由は、1人だけ違うことをするのはダメ、学校はみんなと同じことをする場所です、とのこと。

 

もうどうしていいのかわからず、1学期が終わる前にホームスクーリングを選択することにしました。

 

日々同じことを声掛けするけど、1mmも改善してないように思える毎日。

溜まる愚痴。

息子のお友達を見ると、普通に出来てることがたくさんでうらやましく思います。

息子に「普通」を求めてはいけない、と頭ではわかっているけど、気持ちがそこに達してないんでしょうね。

だから周りの子達を見て、息子が出来てないことを周りが軽々と無意識に出来ているのがうらやましくなってしまう。

 

確かに息子に出来ない、苦手なことは他の人よりもたくさんあります。

でも逆に他の人よりも出来ることも、たくさん・・・とは言えないかもだけどあるのです。

「凸凹」とは本当に良く言ったもので、息子まさにこれです。

 

旦那と話している時に、もしも「普通の息子」と「今の息子」とどっちか選べるとしたらどうするか、という話しになりました。

旦那は即答で「やっぱり今の息子がいいに決まってる」と答えました。

私も「大変であっても今の息子のお母さんでいたい」と答えました。

 

周りをうらやましがって、息子の出来ないことを見てへこんで、声掛けしても変わらない毎日にへこんで。

正直、腹が立ちすぎて距離を置きたいときもあるし、何回も何回も同じこと言い続けてメンタルやられる時もあります。

かわいい時もあるし、憎たらしい時もあります。

それでも、私達にとっては今の息子がやっぱり大切で唯一無二なんだなと思ってます。

 

息子を育てるまで、私達は「普通」だと思って生きてきました。

ドラマに出てくるような素敵なことも、悲しいことも、遠い世界のお話。

ごくごくありきたりの普通の生活。

そんな私達が「普通」とはかけ離れている息子を育てていると、自分たちも普通ではないんじゃないかと思うことがしばしば。

 

あれ?もしかして他のお母さんたちはこんなふうに子供を叱ったりしないんじゃない?

もしかして、子供がすごく腹立つことしてきても、普通はここまでブチギレないんじゃない?

自分達のことを普通と思ってきたけど、実は普通じゃないんじゃない?

 

日々、悩み続けます。

悩み続けて、白髪も一気に増えました。

 

いつだったかな、何かで「これまでの生き方が正しかったかの答えは、一番最後にしかわからない」みたいなことを聞いたことがあります。

私達はこれからも正しいルートを通っているのかわからないけど、考えて悩んで息子が自立出来て幸せになれるよう頑張っていくしかないんだな。

愚痴も出るし、完璧なお父さん・お母さんには程遠いけど。

息子もまったく改善しないことが多いけど。

やっていくしかない。

頑張るしかない。

 

 

息子のことで親が困っていることはたくさんあります。

小さいことから大きなことまで挙げればキリがないくらい。

ただ、親はこんなに困っているのに当事者である息子はまったく困っていない。

 

確かに息子は人の気持ちや周りの空気を察するのが苦手。

だけど、まったくそれが出来ないわけではないのです。

例えば、学校や放課後デイなどでお友達が困っているとさりげなく声をかけたりしている模様。

私と旦那とで意見の相違があって険悪なムードになってる時は、いつものようにふざけたりはせず静かに過ごすこともある。

 

何だろうね。少し出来るから期待してしまう、みたいな感じになってるのかな。

これがまったく出来ないのなら、期待する気持ちも違ってきたのかな。

 

現在小学生の息子のことで何が一番困っているかというと、

右矢印二極思考

右矢印オーバーアクション

 

これはもう本当に私のメンタルが削られます。

 

叱ると0か100かの極端な考えを口に出してしまう息子。

「本読むの終わりにして寝なさい」みたいなことを言ったとすると、息子から返ってくるであろう返答は下矢印

「わかった、もう一生本読まない」

叱ったり声掛けしたりはもちろん、日常の会話の中でもオーバーアクション。

「出かけるから用意して」と声をかけると、バタバタと音を立てながら急ぐ仕草をやる息子。

 

その度に、「そういう時は”わかった”って言うだけでいいよ」と伝え、息子も納得した素振りを見せるけど、また同じことの繰り返し。

結局本当のところでは納得してない、というか理解してないのかな。

それとも聞いたことは何分か後にはリセットされてなかったことになるのかな。

 

放課後デイや臨床心理士の先生からは「繰り返し声掛けしていくしかない」と言われてるけど、これまでも繰り返し声掛けしてもまったく変化なし。

虚しくなります。

1日のうち、このことで息子に声掛けしない日はほぼない。

こんなに親のメンタルが削られるのに、息子はまったく平気。

二極思考もオーバーアクションも、息子にとっては困りごとではない。

むしろ、「こういうことする俺、かっこいいでしょ」みたいに思ってる節も。

 

前に参加した発達障害の講演会で、参加された方が「咲かない花に毎日お水をあげているような、虚しい気持ちになります」と発言されていたまさにその気持です。

千年に一度花が咲くという優曇華を育てているような。

長いスパンで見るしかない、わかってるけど心の中に愚痴がどんどん溜まっていきます。