今年の言葉というか目標は、以前にも書いたことがあるけれど、座右の銘の実現です。

 

 座右の銘というのは、「早く明日になればよい」という言葉です。

 

 これは、私が精神的に死んでいた頃、20歳代の頃かな。有名な大学教授が新入学生に贈った言葉です。どういうことかというと、その有名な大学の先生、若い頃、ヨーロッパに留学した際に指導教授が夜寝る前に、その先生に、早く明日になればよいと言ったのだそうです。どういう意味かと訊ねる先生に、指導教授は嬉しそうに明日になれば今日の研究の続きができるからさと答えたのだそうです。いたく感動した先生は、以来、常に自分は早く明日になればよいと思えているかと自問しては頑張って来たのだという。だから、新入学生諸君、夜寝る前に早く明日になればよい、そういう気持ちで学業に精を出してほしいと訓示したということです。

 

 20代の私は、書物でその話を知った時、これこそが自分の理想の生き方であるが、自分には絶対にそのような心境になれるわけがないと思っていました。精神の多くの部分が壊死、もしくは元からなかったかのような気持ちだったからで、長い間、いつか自分もそうなりたいと憧れだけで歳月は流れてきたということです。

 

 ところが、2年位前から人生に奇跡のような事が起きはじめ、なんとなく、毎日が充実するようになってきたのです。だから、今年は、この言葉を根底に置き、日々を過ごしていきたいと思います。

 

 この言葉を実現しゆくには、とにかく人生目標を持つことですね。そして、常識の範囲内で自分らしく生きる事だと思います。

 

 常識、前進、目標、愛、信仰。夜寝る前に早く明日になればよいという言葉には、私の場合、あまりにも多くの意味が内包されているんですよね。

 

 それでは、皆さん、今年もよろしくお願いしますm(__)m

 

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 年をまたぐ瞬間って、なんか好きだな。

 

 一年に一回しかない日というのは、365日、すべて同じだけど、区切りという意味に特別なものを感じるのだと思います。

 

 私は部屋にことわざの日めくりカレンダーを飾っているのですが、毎日めくって、分厚かったカレンダーが本当に最後の一枚になっていました。

 

 最後の言葉は次のようなものでした。

 

 「ローマは一日にして成らず」

 

 次はありません。

 

 私にとって、今年はそんな一年でした(^^♪

 

 まさに年をまたぐ日には最適な言葉のような気がしました。

 

 皆さん、来年は素晴らしい一日とともに始めましょう(^^♪

 

 

 

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 大学生時代、読書家であった本多さんは、ありとあらゆる分野の書に目を通したという。

 

 当時、悩んでいた下宿先で知り合った悠子への妄愛をメタ認知すべく心理学や精神医学の本を大学図書館で読んでいたところ、アメリカの感情心理学者による男性の性的嫉妬に関する論文を目にすることがあった。

 

 当時はメタ認知なんていう言葉は日本になかったが、大会社の役員になる程に頭の良い本多さんは、今でいうメタ認知に相当する方法をもって大抵の悩みは解決できると思っていたのである。

 

 そして、そのメタ認知に相当する方法にも次元があり、自分の力では限界がある。高次のメタ認知の方法として正しい指導者というものが必要な場合があるということも分かっていた。今でいう心理カウンセリングなどがそうであるが、当時はそんなものもなく、もっぱら先人の意見と、後は本が指導者だと思っていたのである。

 

 そのアメリカの心理学者の論文を読むまで、本多さんは、男の性的嫉妬だとか処女願望だとかいうものは、これは女にはない男の狩猟本能に基づく征服的冒険心だという結論を得ていた。歳をとれば、そういうエネルギーがなくなる。勿論、実体験ではなく本による受け売りの理論であるが、本多さんとしては、だからどうしたという感が強かった。自分の狩猟本能がどうしても悠子をものにしたいと思っているという事は分かってもそれだけでは、火のような煩悩の解決にはならなかった。

 

 更なる高次のメタ認知、これは神による指導を待つほかないか、そんな事を考えているとき、大学の図書館でアメリカの心理学者による論文に出逢ったのである。

 

 それは性的嫉妬に関する男女の違いについて触れたものであり、世界各国の若者に対する統計調査の結果から論文は始まっていた。恋人の身体的不貞に対して強い苦痛を感じる割合を男女差でみた場合、どこの国であっても女性よりも男性の方が圧倒的に多いという結果が分かっている。これはなぜか、論者は父親であることの確証性にあるのではないかという仮説を述べていた。

 

 男女の生物学的差異として、親であることの確証性を挙げることができる。子供を産んだ女性は、自分が母親であることは自明の事である。しかし、男性は違う。父親である絶対的な確証はない。もし相手の不貞を見逃してしまった場合、男性は一生他の男性の子供の面倒をそうとは知らずにみなければならなくなる。自分の所有する資源を、相手の女性獲得のライバルであった男性のために全て尽くさなければならなくなる。これは繁殖上大きな損失である上に、本人にとっては最大の悪夢ともいえる。そのために、男性は恋人ないし配偶者の身体的不貞を許さない傾向が本能的に進化して来たのではないかと述べていた。

 

 それに対して、女性の場合、繁殖上の問題は、恋人ないし配偶者がその有する資源を他の女性つぎ込み、自分への支援を打ち切ることにある。したがって、女性の場合、男性に比し、身体的不貞よりも精神的不貞に嫉妬を感じる場合が傾向的に多いのではないかという内容の論文であった。

 

 本多さんは、しばらく、この論文の内容が脳裏に焼き付き離れなかったという。当時、彼のような有名大学の学生は今よりは比べ物にならない程希少な存在であった。きっと、今後普通にやっていけば、自分は普通に結婚ができるであろう。早い内の結婚、手堅い結婚、それが、今後こんなことで悩まずにすむ自分の生き方なのではないだろうか。そう考えたのである。

 

 そして、数年後、一流企業に就職した彼は上司の紹介で雪ちゃんと結婚し、幸せな人生を歩むことになるのであるが、この期におよんで妙な不倫話を聞かされるとは夢にも思わなかったのである。

 

 帰京して、家族三人で話し合う予定の金曜日は迫って来た。

 

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