大学生時代、読書家であった本多さんは、ありとあらゆる分野の書に目を通したという。
当時、悩んでいた下宿先で知り合った悠子への妄愛をメタ認知すべく心理学や精神医学の本を大学図書館で読んでいたところ、アメリカの感情心理学者による男性の性的嫉妬に関する論文を目にすることがあった。
当時はメタ認知なんていう言葉は日本になかったが、大会社の役員になる程に頭の良い本多さんは、今でいうメタ認知に相当する方法をもって大抵の悩みは解決できると思っていたのである。
そして、そのメタ認知に相当する方法にも次元があり、自分の力では限界がある。高次のメタ認知の方法として正しい指導者というものが必要な場合があるということも分かっていた。今でいう心理カウンセリングなどがそうであるが、当時はそんなものもなく、もっぱら先人の意見と、後は本が指導者だと思っていたのである。
そのアメリカの心理学者の論文を読むまで、本多さんは、男の性的嫉妬だとか処女願望だとかいうものは、これは女にはない男の狩猟本能に基づく征服的冒険心だという結論を得ていた。歳をとれば、そういうエネルギーがなくなる。勿論、実体験ではなく本による受け売りの理論であるが、本多さんとしては、だからどうしたという感が強かった。自分の狩猟本能がどうしても悠子をものにしたいと思っているという事は分かってもそれだけでは、火のような煩悩の解決にはならなかった。
更なる高次のメタ認知、これは神による指導を待つほかないか、そんな事を考えているとき、大学の図書館でアメリカの心理学者による論文に出逢ったのである。
それは性的嫉妬に関する男女の違いについて触れたものであり、世界各国の若者に対する統計調査の結果から論文は始まっていた。恋人の身体的不貞に対して強い苦痛を感じる割合を男女差でみた場合、どこの国であっても女性よりも男性の方が圧倒的に多いという結果が分かっている。これはなぜか、論者は父親であることの確証性にあるのではないかという仮説を述べていた。
男女の生物学的差異として、親であることの確証性を挙げることができる。子供を産んだ女性は、自分が母親であることは自明の事である。しかし、男性は違う。父親である絶対的な確証はない。もし相手の不貞を見逃してしまった場合、男性は一生他の男性の子供の面倒をそうとは知らずにみなければならなくなる。自分の所有する資源を、相手の女性獲得のライバルであった男性のために全て尽くさなければならなくなる。これは繁殖上大きな損失である上に、本人にとっては最大の悪夢ともいえる。そのために、男性は恋人ないし配偶者の身体的不貞を許さない傾向が本能的に進化して来たのではないかと述べていた。
それに対して、女性の場合、繁殖上の問題は、恋人ないし配偶者がその有する資源を他の女性つぎ込み、自分への支援を打ち切ることにある。したがって、女性の場合、男性に比し、身体的不貞よりも精神的不貞に嫉妬を感じる場合が傾向的に多いのではないかという内容の論文であった。
本多さんは、しばらく、この論文の内容が脳裏に焼き付き離れなかったという。当時、彼のような有名大学の学生は今よりは比べ物にならない程希少な存在であった。きっと、今後普通にやっていけば、自分は普通に結婚ができるであろう。早い内の結婚、手堅い結婚、それが、今後こんなことで悩まずにすむ自分の生き方なのではないだろうか。そう考えたのである。
そして、数年後、一流企業に就職した彼は上司の紹介で雪ちゃんと結婚し、幸せな人生を歩むことになるのであるが、この期におよんで妙な不倫話を聞かされるとは夢にも思わなかったのである。
帰京して、家族三人で話し合う予定の金曜日は迫って来た。
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