ブログを始めた当初、私は、小説の下書きだけではなく「スーパーエッセイ」と称してエッセイもどきのものを沢山書いてはアップしていたものです。私が書くエッセイは人生経験に基づくものが多く、まるで作り話というわけでもありません。ありませんが、虚実皮膜を目標に読者の関心を寄せ付けるため多少の工夫はしています。

 

 一昨年の真夏日だったかな、私は、LGBTをテーマにした小説を完成させるため取材がてら新宿2丁目のゲイバーに出かけたことがあります。25年位前、私は、知人が経営する新宿2丁目のゲイバーで散々吞んだくれていたものです。新宿2丁目といえば、本来はゲイ、ホモ、オカマのメッカとして有名で、おそらく、日本で最もその手の店が密集する歴史のある街だと思いますね。

 

 勿論、私は、その気は全くない、ノンケですが、25年位前は本当によく歌舞伎町から新宿3丁目、それに2丁目界隈を飲み歩いていたものです。

 

 その後、2丁目も3丁目も飽きてきて、歌舞伎町へは行っても、花園神社方面には足を向けなくなりました。しかし、約25年前、当時は、今でいうLGBTなどという言葉はなく、その筋に対する差別偏見も今と比較にならないほど激しいものがありました。

 

 一昨年、私は、若くして亡くなった実在したゲイバーのオーナーをモデルにして、その人生にスポットライトを当てた小説を書こうと思ったんですよね。柳ジョージさんの名曲「遺言」を通奏低音とした空想的自伝風な小説で、タイトルもそのまま「遺言」としたものです。

 

 「遺言」の歌詞の中で、「裏みち歩いた俺の たった一つの夢さ 昏い土の中に埋めないでくれ」という部分がありますが、これは苦しかった故郷の海に散骨してくれという意味に捉えて、もう一度、彼の仲間に会って取材を試みようと思ったのです。

 

 その実在するモデルのゲイバーのオーナー、仮にナオミさんとしておきますが、このナオミさんと仲が良かったのが、これも仮名としますがヒロシさんという方です。このヒロシさん、約25年前、ゲイバーというよりもコミカルなオカマバーのママでして、まだやっているのかなと思い、ネットで検索したのですが、どうしたものか、丁度一年前に閉店していることに気づいたのです。

 

 小説のためということもあったのですが、懐かしくもあったので、なんとかヒロシさんに再会したいと思ったのです。しかし、閉店してしまったのだから、連絡先も何も分からないし、そもそも向こうが私を覚えているはずもない。どうしたものかと思ったのですが、とりあえず、探してみようかと思ったのです。

 

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 本日、東京都美術館で20世紀のアメリカを代表する国民的画家アンドリュー・ワイエスの作品を観てきました。
 
 彼の作品は、窓やドアなど、ある種の境界を示すモチーフが数多いことで有名ですね。内なる世界と外の世界、その境界は異質な世界同士を際立たす意味を有するものなのかなと思ったのですが、作品を観ているうち、もっと深淵な意味があるような気がしてきました。外の世界にまで及ぶ内なる世界、最終的には生死の連続性にまで及ぶというような意味も感じますね。
 

 
 

 
 

 

 

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 今話題の102回目のプロポーズ、私は観ていませんが評判はよさそうですね。しかし、かえすがえすも思うのは、武田鉄矢さん主演の101回目のプロポーズだ。これはリアルタイムで観た口で、日本のトレンディドラマの金字塔ともいえると思います。

 

 最近、101回目のプロポーズが放映されたのっていつだったのだろうとウィキペディアで調べたところ、平成3年7月から9月までであるということが分かりました。昔の話ですからね、すっかり忘れていたのですが、あれっと思った事があります。リアルタイムで観たといいましたが、正確にはそうじゃなかったことに気づいたのです。というのは、私が観たのは平成4年の夏頃で、その頃、プライベートで非常に印象深い事があったのでよく覚えているのです。ということは再放送だったのか。詳細は忘れましたが、平成4年の夏頃に観たというのは間違いないような気がしますね。

 

 いずれにしても、101回目のプロポーズが放映されて、賛否も含め話題騒然になったのは平成3年、4年の頃でして、これはバブルが弾けた直後の時期だったわけです。

 

 バブルの熱狂、煌びやかな東京のネオン街や豪奢なライフスタイルが幕を閉じた平成3年、4年頃って、今振り返るに、日本国家が二日酔いの時代だったような気がします。

 

 バブルの東京は凄かった。当時は自覚がなくても、今振り返ると、要するに、今がそうじゃないからこそ、余計感じるのだと思うのです。私自身も、大学生の頃、アメリカの有名な国際的雑誌で、自由の女神像が着物姿の日本の芸者にすり替えられた風刺画を見た記憶があります。このままいけば、日本はアメリカに勝ってしまうのではないのかと思ったりしたものです。

 

 美酒に酔いしれ、いつまでも飲み続け、気がついたら二日酔いでグロッキーとなっていた。平成3年、4年頃の日本って、そんな時代だったような気がします。

 

 そんな時代に101回目のプロポーズを観た私でして、あれから随分と長い歳月を経て、102回目のプロポーズが現代に出現したわけです。しかし、私も随分と歳をとったな。当時は悩みが多かったからね、だから、今の方が明るい未来と希望に抱擁されているような気がしますな。時代風景というのは、とても主観的なものだと思います。正直に言えば、あの頃には戻りたくない、今が一番いいですね(^_-)-☆

 

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