「彼女の父親って厳しかったそうなんですよね。左がかった大学の社会学の教授かなんかで。昔の社会党ですか、党首とも昵懇の仲で、とても進歩的な文化人だったというんです。厳しい反面、子供には自主独立の気概を要求して、彼女、短大を卒業して二年後、父親の勧めもあって、国家公務員一般職の初級試験に合格して以来〇〇省で五十歳頃まで働いていたというんですよね。」
「へぇ、彼女がノンキャリアとはいえ、〇〇省の国家公務員だったとはね。」
なんとなく明るく魅力的な社交性を有し、色香ある雰囲気を有する彼女が、国家公務員として地道にデスクワークに邁進する姿は意外な感じがしたものです。
「しかし、彼女、地獄だったというんですよね。昭和の時代のノンキャリア国家公務員というのは今と違って殆どが高卒の男性ばかりで、それはいいにしても彼らのデスクワーク能力というのは非常に高いものがあったらしいですね。」
「そうかもしれないね。役所で生まれ育ったような人間というのは、役所を疑うという事を知らないからね。先輩の指導や通達、色々なマニュアルを金科玉条のようにして、宗教のように捉えている人もいるようだからね。」
「しかし、彼女って、生来的に事務仕事というかデスクワークが苦手だったらしいんです。死にたいくらいに苦痛で、全然できなかったというんです。それでずっと暇な部所で辛抱していたというんですよね。」
「なんか、彼女って、小学校の先生とかヨガの先生とか対人的な仕事が向いているんじゃないのかな。」
「僕もそう思いますね。それで二十七歳で見合い結婚したはいいが、旦那という方も工学系の研究者で非常に細やかな人だったらしいんです。旦那さんは彼女の仕事自体には理解を示したが、日常家事も苦手で万事にマイペースな彼女を結婚当初から𠮟りつける事が多かったというんです。職場で叱られ、家庭内でも叱られ、それに弟が一人いるそうなんですが彼も父と同じで大学教員の道を選んだそうで、彼女に言わせると弟も小うるさい嫌な奴だというんです。」
「ふーん、そんな状況で五十歳まで働くというのは相当なストレスだったんだろうね。」
「初めての男性は、短大を卒業する頃に知り合った学生課にいた年配の大学職員だったそうで、二十歳以上も年上の妻子持ちだというんです。」
「えっ、それってもしかして不倫?」
苦々しく首を縦にする大平くんで、更に話を続けます。
「次の男性が公務員時代に知り合ったノンキャリアの上司で、これも二十歳以上も年上の妻子持ちだったそうです。これは娘が生まれて以降ですが、長く続いたような気がしますね。」
「ということは、それも不倫なのかい。」
またもや苦々しく首を縦にする大平くんです。
しかし、彼女に不倫の過去があるという事を知った彼は、なんとなく攻めやすさというものを感じたりはしなかったのだろうか。
「どうも、彼女あれだけの美貌であるにもかかわらず、それ以外の面で問題が多かったのかな。だから、男性に褒めたたえられた事って少ない人生を歩んでいるような気がするんです。」
正直な大平くんからの憧憬と讃美に狂喜するアイさん、彼女の過去を聞くと、これこそが共依存の適例的スタートじゃないかとも思った私です。
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