さほど薄暗くもない照明の下、大平くんは私に彼女を紹介しました。
「レインさん、こちらがいつもお世話になっているアイさんです。」
「こんにちは。」
軽く会釈をするアイさんでして、モノトーン系の胸元が割れたドレスには、色香と開放的な明朗がバランスよく張り付けられているのを感じたものです。
私の第一印象は不思議な歳のとりかたをした個性的な美女だなというものでした。洗練された化粧に加え、肌がとても若々しく、長い黒髪に精気を感じさせる。顔にも身体にも老いの輪郭が薄ぼんやりとは漂うがはっきりと感じさせない。しかし、三十代にはとても見えない。いずれにしろ外見的には非常に魅力的な女性でした。上背は平均よりも少しある程度なのに、とても大柄に見えたのも不思議でした。肩幅が張って、胸もお尻も大きく全体的に女子プロレスラーのような体格のよさを感じさせたものです。
その日、私たち三人は店が退けるとアフターと称して国立新美術館で遊び、正門傍らに並んだイタリアンレストランで早い夕食をとったのですが、半日、大平くんとアイさんの仲睦まじい触れ合いを見ていて、なんとなく大平くんがアイさんの内にかつての追っかけの対象であったA美の再来を見出しているような気がしたものです。とにかく、大平くんの彼女に対する接し方はまさに憧れのアイドルに対するそれだったのです。
アイさんがとても若々しく見えるのは、肌の手入れや化粧による外面的な容貌だけではなく、妙に子供っぽい無邪気な言動にあるような気がしました。明るく開放的な神秘性という二律背反的な面が混在するイメージですが、そもそも彼女は旦那と二人で麻布十番のマンションに住んでいるというのだから、旦那の職業を合わせ見ても上流階級婦人であることは間違いない事です。しかし、天然な明るさというか無邪気さがそういう上流階級婦人性を打ち消す反面、やはりどこかに気品と高貴さが漂っているわけなのです。
夕方、国立新美術正門近くのイタリアンにおいて、ワインで乾杯した私たちでして、少し酔った大平くんが、散々に隣のアイさんの美貌やら優しい性格を褒めたたえます。彼は正直ですからね。
「アイさんは僕にとってアイドルのような存在だ、これからも応援させてもらう。」だとか「写真をもう十枚くらい撮らせてもらったけれど、自宅の壁に飾っている。」なんて語るたびに、アイさんは右手を口元に当てては相好を崩して歓喜の笑顔を浮かべるのです。とにかく、アイさんの喜びようは凄まじかった。確かに男性からこれだけ褒めたたえられれば誰でも嬉しいのは当たり前ですが、アイさんの場合狂喜しているのです。その笑い方も五十五歳の中年女性には見えず、なんとなく甘えん坊な子供のような雰囲気も覚えたものです。
いずれにしても、昨年の晩秋に出逢ってから約三か月、大平くんは毎週土日に店に通っては、彼女にプレゼントを渡したり指名チケットを何枚も買ってあげたりと、それはそれは大変な熱の入れようであり、水商売経験がなく家庭におさまったのも早かったアイさんにとっては、普通のホステス以上に嬉しかったのだと思います。
しかし、私はふと思いました。
正直な大平くんが神聖視すればするほど、高齢でどうもそういう経験が少なかった感じのアイさんがそれに応えんばかりに彼に好意を持つのは分かり切ったことなのですが、大平くんからの賞賛がなくなった時、彼女はひどく落ち込むだろう。大平くんとしては無意識の内に、彼女を褒めたたえ神聖化することによって、自分から離れられないアイさんを作り出そうとしている事はないか。つまり、私はここに典型的な共依存の萌芽を予感したのです。男女の共依存と恋愛がどう違うのか、私には分からない難しい問題ですが、二人の関係に興味を抱いたのは事実でした。
この私の予感は、アイさんの旦那との不思議な関係や過去の経歴を聞けば聞くほど的を得ているような感じがしてきました。
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