私が大平雄吾くんと知り合ったのは、確か三十六歳の頃だったから、もう随分と昔の話になります。当時の私は仕事を終えると必ず銀座、新橋か新宿で酒を呑んでおり、それが段々飽きてきたというか面倒くさくなってきたという状況にありました。面倒くさいというのは酒を飲んで自宅まで一時間もかけて帰るのが嫌になったということです。

 

 それで、三十六歳の頃から、地元最寄り駅近くの飲み屋街に河岸を変えようという気持ちになったわけですが、最もよく顔を出した小料理屋ではすぐに常連客となったものです。それは一つ年下のマスターが意外にも私の地元幼馴染の友人だったということと、子供の頃、一、二回顔を合わせた事があるのを霞の彼方の記憶で薄っすらとお互い思い出したからです。

 

 真夏の夕暮れ時、といっても周囲はまだ明るいままでしたが、炎帝の黄昏という妙な表現が似合うような時間帯です。私は一番乗りのつもりでその小料理屋の暖簾を夕風とともに分けたのですが、スーツ姿の先客がいて、それが大平雄吾くんだったのです。

 

 私より古くからの常連客で、その晩、初めて言葉を交わしたのですが、初対面で私は彼に対して非常に好印象を抱いたものです。中肉中背で一見凡庸なサラリーマンにみえるのですが、近くでみると顔立ちに妙なインパクトがありました。なんというのでしょうか、一言でいえば、これだけ人の良さそうで優しい顔をした男をみた事がないとでも表現したらいいでしょうか。イケメンぶりで女を魅するというのではなく、好人物性でこよなく人を魅する顔つきをしていたのが印象的でした。加えて、眼鏡をしていないせいか、パッチリとした知的というよりも純情そうな双眸が童顔とあいまって、とても若々しいイメージを与えたものです。二十代後半かと思いきや、年齢は三十三歳ということで私とは三歳しか違わない事に驚いてしまいました。そして、更に驚いたのは地元出身であり、私の出身中学の三学年後輩である事を知ったからです。

 

 そこそこに名の通った大学商学部を卒業後、現在は一流と二流の間程度の企業に勤務しており、想像するに独身としては相当な年収を得ている感じがして羨ましく思ったものです。

 

 私は毎週月曜日にはその小料理屋で夕食がてらに酒を愉しむようになったのですが、やがて妙に気の合った大平くんも私に合わせて毎週月曜日なると顔を出すようになります。

 

 その頃、私は人間、とりわけ男性の好人物性というものを客観的視点と主観的視点からとで捉えるように意識をしていたものです。前者は社会的な評価を前提にしたものであり、性格も個人の奥深いところまでは見ず、表面的言動から判断する。後者は社会的評価よりも自分にとって魅力的であるかどうかを基準にするわけで、これは反社である事も有りうるわけです。とりわけ変な人や変な事が好きな私には大きな視点になったわけです。この客観主観のバランスというか調整で人をみていた当時の私であり、大平くんの場合は主観面を客観面が大きく放しており、少し眩しい感じもしたものです。だから、彼との付き合いも長続きしないだろうなと思っていたのですが、知り合って一月半くらい経った頃です。彼の奇妙なる趣味というか嗜好を知ることになり、すっかり主客が逆転し、今でもわが胸に眠る思い出の男たちの一人になったのです。

 

 知り合って一月半後、私に衝撃的インパクトを与えた彼の趣味を知ったのは、こんな会話から始まりました。

 

  夏も思い出と変わり十月に入った頃であり、半袖のワイシャツ姿に限界を感じる時節でした。

 

 その小料理屋の小上がりで、生ビールのジョッキを重ねるやいなや、大平くんは唐突にこんな事を訊ねてきたのです。

 

 「レインさんは、キャバクラには行った事がありますか?」

 

 「キャバクラ・・・?そりゃ、あるけれど。」

 

 次の言葉を興味深く待つ私に、彼は更にこんな事を訊ねます。

 

 「どこか健全で、レインさんもよく知るキャバクラはないですかね。あれば教えてもらいたいのですが・・・。」

 

 私は当時も今もどうもこのキャバクラとか当時揺籃期にあったガールズバーといった類の店があまり好きでなく、仲間に連れられて行く以外は殆ど自発的に行った事がなかったものです。ただ、当時は私も若かった。キャバクラやフィリピンパブには行かなかったが、当時夜の街で流行していたランジェリーパブ、所謂セクキャバには興味があり、一軒だけ行きつけの店があったのです。

 

 「キャバクラはあまり知らないなぁ。でも、ランジェリーパブなら一軒だけ行きつけの店があるよ。」

 

 「そこは真面目な店ですか。」

 

 なんだか眼が真剣になっている大平くんでして、妙な事を訊かれて困惑したのは私の方でした。

 

 真面目って、何を訊きたいんだろうな、一瞬黙り込む私に、彼は言葉を継ぎます。

 

 「そのランジェリーパブは歌舞伎町ですかね。」

 

 「いや、違う。六本木だよ。」

 

 「六本木かぁ。」

 

 何事かを考える彼であり、意を決したようにこんな事を口走っては、私に頭を下げだしたのです。

 

 「その六本木のランジェリーパブですが、ぜひ一度連れて行ってもらえないでしょうか。来週の土曜日はどうですか。」

 

 当時は暇だったので断る理由もない私は二つ返事で快諾したわけで、当日は早くから六本木に繰り出し、居酒屋で色々な話をしながら、それからそのランジェリーパブに顔を出すことに決めたのです。

 

 よく考えたら、彼と地元小料理屋以外で杯を上げるのは初めての事で、私はその日、非常に奇妙な彼の趣味というか生きがいについて聞かされることになるのです。

 

 

 

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