日本の歌謡史に残る沢田知可子さんの大ヒット曲「会いたい」を私が初めて聴いたのは、やはりこの歌が世に誕生した頃であるから平成の一桁時代の事です。当時はカラオケボックス全盛の時代で、老若問わず二次会と言えば大抵がカラオケボックスだったものです。まだ二十代だった私ですが、「会いたい」の歌詞とメロディーを聴いていると、ちょっと普通のラブソングとは違う何かが通奏低音になっているような気がしたものです。

 

 恋人を亡くした若い女性が切実なる気持ちで天国にいる彼に会いたいと唄い込む魂の叫びが沢田さんを通して伝わってくるような感じがしたのは事実です。しかし、それだけでもないような不思議というか複雑というか言辞に表出しがたい何物かがこの歌の中に生きているようなイメージを抱いていた私です。

 

 私はこの曲は沢田さんが作詞したものであり、高校時代に最愛の彼氏を亡くした沢田さんの実体験に基づくものであると思っていました。実体験云々はなんとなくそれらしき話を聞いたか読んだかの記憶があったんですよね。しかし、実際は本当の作詞家がいるそうで、その作詞家の方からこの曲をもらった時、沢田さんは自分の高校時代の実体験と奇跡的に重なる事に驚嘆したという事を最近ネット記事で読んだのですが、話を元に戻します。

 

 先月、セクシー田中さん問題における著作者人格権について調べていた私は、似たような事例とは言わないが同じように著作者人格権が問題になった裁判事例として、この名曲「会いたい」の歌詞を巡って作詞家と歌手との間で紛争が起きた事をあらためて知ったのです。あらためてというのは、一昔前、なんだかそんな話があったような気がするな、その程度の記憶はあったのですが、詳細については知らなかったという意味です。

 

 そして、よくよくこの「会いたい」について起きた騒動を調べているうち、私は非常に心に残る事実を知ることになるのです。

 

 紛争の経緯については、お互いが和解して仲直りしたとの事なので詳細は省きます。紛争そのものよりも、私が感銘を受けたのは、沢田さんがこの歌にイメージしていた事と、作詞家の方がモチーフというかどんな思いを込めて作ったのかという点が少し異なっていたという事を知った時です。

 

 有名な事実なのかもしれませんが、私は今回初めて知ったんですよね。というのは、この歌の作詞家の方、本当は自分が幼い頃に亡くした大好きだったお母さんを思いながら創り上げたものなんだそうですね。確かに歌詞自体は高校時代か中学時代の男女の甘い恋と死別の悲しみを綴っているようにみえますが、奥底には甘い恋を超越したヒューマニズムに裏打ちされた愛の原型のようなものを感じますね。

 

 実際、歌詞をみても、「今年も海へ行くって いっぱい映画も観るって 約束したじゃない 約束したじゃない あなた」というのも「あなた」を「お母さん」と置き換えると、幼い少女が大好きだったお母さんを想い慟哭するようにも聞こえてくるのです。また、「遠くへ行くなと言って お願い一人にしないで 強く抱きしめて」という点も他の友達が皆お母さんと仲良くしている姿を横目に天を仰ぐ少女の感傷を覚えるのです。

 

 そんな感じで、最近、この「会いたい」の通奏低音を私なりに感じ取ったところで、突然、Y美さんの笑顔が脳裏をよぎったのです。

 

 Y美さんは約45年前田舎の高校生時代に一瞬邂逅した男子高校生を思い出し、彼の昔の実家にまで電話をかけてしまったと言っていましたが、もしかして、これはその男子生徒の背後に誰かを潜在的に思い起こしていたんじゃないかと思ったのです。その男子生徒との交際はほのぼのとしたものであり、恋愛一歩前と呼べるに過ぎないものだったとはY美さん自身が認めているところです。当時の日曜日は長閑であり、春風駘蕩な人生の時期であった、そして愉しかった、あまり思い悩むような事もなかった。そんな事も口していたY美さんでして、私はこんな推理をしてみたのです。

 

 Y美さんがその幻の男子生徒の背後に潜在的に捉えたのは、最近亡くなったお母さんの昔の姿だったのではないだろうか。そしてお母さんの背後で自分たちを優しく見守るお父さん、つまり家族の最も充実した原風景の時代だったのではないか。それは同時に時空を越えて母になったY美さん自身と最近旅立った最愛の一人娘との同じような時代。

 

 そう言えば、Y美さんは自分が高校卒業後上京して独り暮らしを始めるに際して、下宿前の長い坂道を駅に向かって帰っていく両親の後姿を思い出すということを何度も言っていたものです。それに併せるような感じで幻の男子高校生との関係も話していたのであって、なんとなく私はいろいろと考えさせらるような気がしたのです。

 

 次回に寂しさという不思議な感情について、私なりの結論を書いて終わりにします。

 

 

 

 

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