私が二十歳の頃だから、かなり昔の話です。記憶もおぼろげなところなのですが、当時、ショーケンこと萩原健一さんが主演を務めた早乙女貢原作の「竜馬を斬った男」という幕末映画が大ヒットしたことがありました。

 

 当時から私の文学的志向は、太陽の季節ではなく月下の道を歩む人間の生涯に向けられ、それゆえこの「竜馬を斬った男」の前宣伝には琴線に触れるものがあったのです。

 

 坂本竜馬がいなかったら必ずや日本の歴史に名を連ねた武士の中の武士というキャッチフレーズは、幕末会津藩始まって以来の俊英佐々木只三郎の生涯にスポットライトを当てたものでして、それ以外にも「幕府に殉ずることこそ武士の本懐」だとか「斬るも男、斬られるも男」「狙ってヒーロー、狙われて英雄」というキャッチフレーズが私の視聴意欲を促したものです。

 

 もう忘れてしまったところがありますが、根津甚八扮する太陽のようにカッコいい坂本竜馬と歴史の裏側で雄叫びを上げるショーケンの佐々木只三郎とのコントラストが絶妙でホントにいい映画だったという記憶があります。圧巻は最終シーン、時を越えて現代京都にある会津藩士達のお墓が映し出されるところです。

 

 なぜ突然こんな映画を思い出したかというと、年末、私は知人である歴史家の出版記念パーティーに呼ばれたんですよね。その歴史家の先生、多くのお客さんたちを招いたわけでして、テーブル席をお客さんの属性ごとに分けたところ、なぜか私のテーブル席がその先生の歴史学の弟子達と一緒になっていたのです。

 

 確かに私は歴史は好きですが、それは小説を読むような気持で好きなだけで、小説を創作するような知的興奮を感じたことは一度もありません。だから知識が乏しく素人丸出しの感は否めず、歴史の専門家と同じテーブル席に着いたはいいが、その手の会話を振られたらどうしたものかと困っていたのです。

 

 私の隣に座っていた三十代半ばくらいの歴史男かな、ビールを注いだところ、やはり大学院時代に主催者の先生から歴史学の薫陶を受け、今は国家公務員で歴史とは違う仕事についているが生涯を通して歴史学を学んでいこうと思っているとのこと。

 

 暗いイメージのある方でどうもこういう社交の場は苦手な雰囲気を有していたのですが、私の方から日本の歴史について一言二言質問するや、エクスタシーのような笑顔を浮かべるんですよね。私が一言質問するのに対し、十言くらいで答えてくる。しかも、その答えが非常に素人にも分かりやすくユーモアに満ちたものなんですよね。

 

 平安時代から順を追って、私の疑問と題して教えを乞うたわけですが、やはり私の発想は素人的独創性があったのかな。その歴史男をとても喜ばせることになったのです。戦国時代以前の剣術技術に流派体系がないのはなぜかとか、なぜ日本の歴史教科書は足利時代にあまりページを割かないのか、江戸時代の鎖国体制に歴史的意義はあったのか、最後の将軍徳川慶喜は意外と先見の明があった大人物で、彼でなかったら現在の日本の繁栄はなかったとは言えないかなどを素人の観点から訊ねてみたところ、歴史男は非常に愉しそうに私に解説しだすのです。

 

 話は幕末にまで進み、多くの男性が好きな京都の政情にまでいったところで、歴史男の口から興味深い話を聞きました。それは数年前に行われた会津若松市の慰霊祭の話です。これはなにも白虎隊だけを慰霊するのではなく、戊辰戦争で亡くなった長州藩士をも含めた西軍志士をも慰霊するもので、山口県からの参列者に混じってその歴史マニアの彼も参加したというのです。

 

 その時ですね、どういうわけか二十歳の頃映画でみた「竜馬を斬った男」を思い起こした私でして、つい噂の真相というか禁断の話題に触れてみたくなってしまったのです。

 

 あのぉ、山口県と福島県って今でも確執があると聞くのですが、本当なのでしょうか。

 

 途端、その歴史男、我が事のように悲しそうな表情を浮かべ首を縦にふったのですが、絶対にその彼、山口県とも福島県とも無関係だなと思いました。

 

 戊辰戦争後の会津の悲劇は私の知らないことばかりで、とても勉強になったのですが、それよりも現代日本における興味深いエピソードに興趣を覚えたものです。今から数年前山口県出身の安倍晋三元首相が会津若松市で講演した際、戊辰戦争について語りだしたところ場内が凍り付いたというエピソードや武田鉄矢さんの海援隊と会津若松との関係など、さすがに歴史学をライフワークにしているだけに面白い話をするものだと感心したものです。

 

 そこで、私は会津の悲劇ばかりではなく長州の悲劇というものもなかったのかと訊ねてみたものです。長州過激藩士を捕まえて、新選組の近藤勇と土方歳三が足の甲に五寸釘を打ってその先に蠟燭を立てて拷問したというのは本当なのでしょうかと訊いたら、会津と新撰組をどう捉えるかですねと笑っていました。

 

 まあね、とりとめもない話をしましたが、幕末史は面白いね。

 

 とりわけ「竜馬を斬った男」は、私の印象に残る映画ベストファイブに入り、創作活動においても多大なる影響を与えてくれた作品です。ぜひご視聴されることをお勧めします(^^♪

 

 

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