今日、比較的近場にある世田谷文学館に行ってきました。来月までやっている「ドナルド・キーン展」を見たかったからです。
 
 ドナルド・キーンといえば、日本文学の世界的権威であり、日本をこよなく愛した元アメリカ人です。
 
 昔から名前は知っていたけれど、彼に特に興味を抱くようになったのは、2011・3・11の東日本大震災を通してです。あの大惨事は世界中を震撼させましたよね。海外の多くの人は地球上から日本がなくなるのではないかと真剣に心配したわけですが、とりわけ、日本に特別の感情を抱いていた外国人の心理状態というのは、どういうものだったのかな。
 
 翌4月、当時89歳になっていたドナルド・キーンさんが日本国籍取得の決意表明をして9月には永住するため来日したという記事を知ったときは、うまく言葉では説明できないけれど、日本に対する本当の愛の形を感じたものです。当時、私の知り合いにウクライナ人女性がいたのですが、彼女は少女時代にチェルノブイリ原発事故を経験しており、原発事故の怖ろしさを身に染みて分かっているにもかかわらず帰国せず日本国籍を取得したものです。
 
 いずれにしても、ドナルド・キーンさんが大震災直後に日本国籍を取得したという一事は、私にとって非常にインパクトの強い出来事でした。
 
 展示では、時系列に彼の生い立ちから亡くなるまでを写真と資料、そして素晴らしい文章をもって紹介していました。日本文学との出逢い、第二次世界大戦で従軍通訳として務めたこと、そういえば、彼は沖縄で神風特攻隊の攻撃を受けた船に乗っていたそうですね。そして戦後の日本における多くの文学者たちとの交流が飾られていました。
 
 時系列に一つ一つの資料や文章を廻っていくうち、晩年の写真に眼がいきました。それは彼の大親友であった同年代の日本人と仲良く並んだ写真であり、その紹介文に彼がその親友の葬儀におくった弔辞が紹介されていました。
 
 原文のまま紹介します。
 
 「私の口をつくのは悲しみの言葉よりも感謝の言葉です。これ程、素晴らしい友達に恵まれたことを本当にありがたく思います。」
 
 文学者としての彼の文章には、心地よい音楽的魅力を感じると同時に、平和の正教が通奏低音として流れているような気がしました。
 
 そして、展示の最後に行きついたのが大きな仏壇でした。
 
 2019年2月24日 令和時代を目前にして96歳にて逝去
 
 
 
 

 
 

 

 

 

 

 私が書いた小説が現在アマゾン等から発売されています(^^♪

 

 ぜひお手に取っていただければ幸いです(^^♪

 

 今回、なぜ出版したかというと、今までに何度か応募した小説大賞の中で二度ほど一次通過した事があるんですよね。私にとって、これは僥倖な話なのですが、別にそれだけの話なんですよね。他の賞にそのまま再応募するのは反則だし、なんだか、もったいないような気がしたのです。それで共同出版(割合は色々あるようですね。)している会社を見つけて今回形にしたということです。

 

 本の構成を簡単に説明します。

 

 第1話「海辺のブログ」

 これは、ブログ隆盛時代、2005年だから私がブログを始めた頃かな。非常に奇妙な専業主婦の日記ブログと出逢って、不思議な愛の世界に巻き込まれるという話しです。

 

 第2話「奇妙な恐怖症患者の愛」

 これは非常に奇妙なモノに対して恐怖を抱く恐怖症患者の女性が主人公です。その恐怖症のトラウマ的原因と克服をテーマにしたものです。

 

 第3話「幻の愛人~平成最後の銀座事件簿~」

 これは、平成から令和に移り行く時代の銀座を舞台にした不思議な恋の物語です。

 

 「あとがき」

 ご挨拶代わりに、私の来し方を簡単に述べています。

 

 「岸上達朗」というのは、私が応募小説に投稿する際に使っているペンネームでして、こちらで検索しても「海辺のブログ」にはヒットします。

 

 楽しんでいただければ幸いです(^^♪

 

 

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 自分にとっての名言というか、言霊のように情動をもたらす言葉というのは、まず第一に具体的なものである気がします。

 

 具体的だからこそ、脳に入り込み、皮膚に浸透して心臓に届くのだと思いますが、而今という言葉はどうでしょうか。これは、仏教の言葉であり、過ぎ去った過去に悩み、ぼんやりとした未来に不安を感じることなく、今、まさにその一瞬を全力を持って生きよという意味ですが、素晴らしすぎる言葉ですね。自分もそのように生きられれば最高だし、そう生きるように努力したいという心からの指針になればいいのですが、この言葉、少しくだけて説明している文章に先日出逢いました。

 

 後回しはよくない、するな。なぜか。後回しを実現する時、その時にやらなければならないことも玉突きのように後回しになり、それが積み重なって結局最後やりたかったけれどできなかった事がたくさんになってしまい、後悔先に立たずという状態になってしまうからである。概ねこんな感じで、而今の意味を説明していたのですが、なんだか言霊のようなものを覚えた私でした。

 

 而今、後回しにするな。

 

 これを私の座右の銘の一つにしようかと思っています(^^♪

 

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