柴之助は齢12から丁稚奉公にあがり、たいそう働き者であった。
それはそれは主人からも気に入られておったそうだ。
柴之助の友に、文郎丸という者がおった。
文郎丸とは幼馴染であり、よく遊んだ。
川遊び、影踏み鬼、かくれんぼ、いろんなことをした。
暮れの年には、主人から小遣い銭が支給された。
柴之助はその小遣い銭を片手に握りしめ、よく文郎丸と駄菓子屋へ駆け込んだ。
或る日のこと、妙な噂を耳にした。
衛佐武朗という者が、村から消え去ったという。
柴之助は衛佐武朗と何度か遊んだことがあった。
衛佐武朗は柴之助と齢は同じであったが、丈があり、恰幅が良かった。
文郎丸とばかり遊ぶようになり、ここ最近は衛佐武朗と顔を合わせることもなかった。
衛佐武朗が消えたという事実に両親は然り、集落の者達は恐れ慄いた。
或る者は人攫いが出た、と言った。
また或る者は、幽霊の仕業だ、と言った。
とどのつまり、捜索をしたが衛佐武朗が村に戻ってくることはなかった。
悲しいかな、月日が経つに連れて、衛佐武朗が消えたということは、風のように村人から忘れ去られた。
柴之助もまたその中の1人であった。
衛佐武朗が消えて、半年程経った頃であった。
突如として、文郎丸が消えた。
瞬く間にそのことは村落全体に広がった。
またもや、村人の心に恐怖が訪れた。
柴之助はというと、恐怖というよりも、憤りの方が勝っておった。
斯様なことがあってなるものか。
だが、怒っておっても詮方ない。
柴之助は、村人達と共に、捜索を開始した。
「お~い、文郎丸」
肚から声を出しながら、歩を進めた。
太陽が西に傾いていく。
だんだんと柴之助に焦りが表れた。
いくら探しても文郎丸は見つからない。
諦めかけて踵を返そうとした時、前方の畦道に、人影を確認した。
「文郎丸」
柴之助は、駆け寄った。
だが、文郎丸ではなかった。
古めかしい衣を纏った老人であった。
老人は、ぶるぶると身体を震わせておった。
ただならぬ気配を感じた柴之助は、何事かと質した。
老人は、山の方を指差して言った。
「わ、わしは・・・みた。連れて行かれよった」
誰が連れて行かれたのか質したが、その老人は訳の分からない言葉をぶつぶつと呟き始めた。
柴之助は男が指差した山を見て、これは参ったと思った。
男が指差した山は、古くから化け物が棲むという言い伝えがあったからだ。
本当に化け物がいるかは分からない。もしかしたら出鱈目なのかもしれない。
だが、幼き頃から刷り込まれた記憶は、そう簡単に覆せるものではない。
はて、どうしたものか。
村の者に伝えた方がよいだろうか。
否、伝えたところで、危険だから行ってはならぬ、と制止されるに決まっておる。
これはもう一人で行くしかない。
そう決心した柴之助は、山へと通ずる入口の方へ向かった。
もう何年もこの山に、人が入っていないであろうことはすぐに分かった。
草が好き勝手暴れており、一目見ただけでは、どこが入口かは分からなかった。
このまま帰ってしまおうか。何度もそう思った。
だが、文郎丸の事を思うと、それはできなかった。
丈夫そうな木の枝を拾いあげ、繁茂している草を、木の枝で掻き分け乍ら、前進した。
しばらく歩くと、拓けた平地に出た。
暫し、ここいらで一休みをしよう。
座るに丁度良い石を見つけ、そこに腰かけた。
空を見上げると、薄っすらと蒼さが残っておるが、やがてその蒼さも闇に包まれることであろう。
突然、茂みの中からガザガサという音がした。
音のする方に目を凝らしていると、やがて白装束姿の老婆が現れた。
ぼさぼさの白髪、目は窪んでおり、げっそりと痩せていた。
裸足の老婆は、振り子のように揺れながら、俯きがちにこちらに向かってゆっくりと向かってきた。
柴之助は腰を抜かしてしまい、立ち上がることができなかった。
老婆が少しずつ近づいてくる。
右手に鎖のようなものを握りしめておった。
その鎖はだらんと地面まで下がっており、その先に球のようなものがついておった。
否、球ではない。
柴之助は凍り付いた。
球ではなく、文郎丸の生首であった。
鎖鎌の鎌が文郎丸の頭頂部にめりこんでいた。
「うわぁああああああああ」
柴之助は叫んだ。
だが、身体が硬直して動かない。
あまりの恐怖に、目を瞑った。
と、その時。
「お~い、柴之助はおるかぁ」
と遠くの方で、村人の声が聞こえた。
その瞬間、身体の硬直が解けた。
柴之助は後ろを振り返らず、一心不乱に山道を駆け下りた。
柴之助は事の経緯を村人に説明した。
「ならば、明日その場所に案内しておくれ」
と村人の1人が言った。
他の村人も首を縦に振った。
翌日、柴之助は村人達を連れて、例の山に向かった。
こんだけ人数がおれば、怖くない。
ずんずんと先へと進んだ。
だが、登れど登れど一向に、老婆を見た場所へは辿り着かなかった。
それからしばらくは村に平和が訪れ、文郎丸の事を口にする者もいなくなった。
そんな或る日、今度は柴之助が忽然と村から姿を消した。
と、そういう譚を聞いた。