生きていれば1度や2度、怖い体験や不思議な体験をすることはある。
あれは今から10年程前だろうか。
大学を卒業した私は、地元の旅行会社に就職をした。
初めての独り暮らしだったということもあり、不安と期待とが入り混じっていた。
1Kの安いアパートを借り、新生活は始まった。
アパートの周辺には、コンビニや飲食店がなく、少し不便な立地であった。
仕事にも慣れたきた頃だ。
ふと部屋を見渡すと、家具と呼べるものがほとんどないことに気が付いた。
今まで慣れない仕事の事で頭がいっぱいで、意識が向いていなかったからだろう。
休日を利用して、家具を調達しに行くことにした。
とはいっても、金銭的なゆとりがなかったので、できるだけ安く抑えたかった。
さっそくスマホで調べたところ、近くに中古家具屋があることが分かった。
昔からやっている中古家具屋なのだろう。店内はそこそこ広いのだが、薄暗く、埃っぽかった。
店主と思われる老人は、まったくこちらを気にとめる様子もなく、レジの前で雑誌を読んでいた。
一通り店内を見渡してみたが、これといって興味を惹かれる物はなかった。
店内を出ようとした時だった。
入口横にぽつんとベッドが置いてあることに気が付いた。
入る時には気が付かなかった。
値札を見て驚いた。
シングルのベッドフレームとマットレスのセットで税込み5000円。
いくらなんでも安すぎはしないか。
安いから劣化が激しいのかと思いきや、全然そんなことはなく、まだまだ使えそうであった。
実際に、横になってみたが、寝心地もそう悪くない。
私は迷うことなく、即決でベッドフレームとマットレスを購入した。
翌日、ベッドが届いた。
届いたその夜、眠っていると、女のすすり泣くような声で目を覚ました。
隣の部屋からだろうか。
否、違う。私の部屋から聞こえていた。
私は部屋の電気を点けようと、足を床におろした。
両足首に激痛が走った。
視線を下に向けると、ベッドの下から蒼白い手が私の両足首を掴んでいた。
もの凄く強い力であった。
私はそのままバランスを崩し、前のめりに倒れてしまった。
あまつさえ食卓の角に額を思い切りぶつけてしまった。
額が切れたのが分かった。
生暖かい血が滴り落ちてきて、私の視界を濁した。
意識が朦朧としていく。
その時だった。
パァン
という音が外の方からなった。
季節外れの花火の音であった。
どうやら近くの公園で遊んでいるらしい。
若者達の騒ぐ声が、静まり返った夜に響く。
と、同時にふと体が軽くなった。
足元を見ると、蒼白い手は消えていた。
花火の音、そして若者達の陽気な声が、私が置かれていた状況を裂いてくれたのだろう。
そのベッドはもちろんすぐに処分した。苦い思い出である。