大変な言葉を口にしてしまったという僕の後悔をよそに、れあの反応はその言葉の後、急に落ち着いていった。
それは、まるで熱した鉄板に冷たい水を大量に流した時のようだった。
鉄板は蒸気をあげ、すぐに常温に戻っていった。
「そんな人がいるんだね。逢ってる事も知らなかった。」
れあは花瓶に挿した花を触っていた。
まさか、その女性(ひと)に逢った事がないとは言えるわけもなく、自身の行動を考えれば考えるほど、自分でも納得の行く答えは得られそうもなかった。
「その女性(ひと)は若いの?
私よりも若い?」
れあにしては俗な質問だった。
「多分ね。」
そんな事は問題ではないと言いたかったが
今は何をどう説明しても、プラスの材料になりそうもなかった。
「わかった。」
れあは低い声で、つぶやいた。
「だけど、貴方がここを出て行くのを見るのは嫌。
私が出掛けている間に行って。カードキーは、貴方の持ち物を全部運び出した後で、マネージャーにでも届けさせて。」
花瓶の花が揺れている。
「僕は持って行くものはないよ。」
「服たちは置いて行かないで。」
「そうだった。」
そんな会話を交わしたあと、彼女は女友達に電話をしていた。
四ツ谷のリストランテで待ち合わせをしていたようだ。
れあがコートを羽織りながら出て行くとき、花が揺れ、ドアが静かに閉まって行った。
僕が女優の牧野礼愛を直に見るのはこれが最後になる、何故かそんな予感がした。
何故だかはわからなかったのだが。
窓枠に浅く腰を乗せて漠然と表に目をやる。
道でタクシーを拾うのかと思っていたが、
数分後、アパルトマンの前にハイヤーがつけられ、小さなカラフルな傘が折りたたまれ、ハイヤーの中に消えた。
ヘッドライトに小雨が照らされている。
ワインを飲まなければ、愛車のグリーンのポルシェで出掛けていたはずだ。
「ごめんね。」
僕はカーテンの隙間から、言えなかった言い訳を沢山投げかけていた。
ほんとうに、ごめん。
僕は他に例を見ない大バカ者だ。
説明する言葉など何一つ見当たらない。
れあとの生活は仕事ですれ違っても、月に一度でも食事に行ければ埋め合わせる事が出来た。
今までの他の女たちとは違う、彼女は限りなく自由で我儘ではあっても、僕にそれを振りかざす事はなかった。
そして去年の今頃は、式の直前まで様々な所で待ち伏せをするパパラッチをどうかわし、ハネムーンでどこへ逃げようか、ふたりで画策していた。
なぜこんな事になり、僕はどこへ行くのか。
混乱する思考は自分を没にする。
落ち着くため、見納めと思われる部屋を廻り、僕は寝室の抽斗しの中から気になっていた一枚の写真を再び手に取った。
それは、彼女のメイク道具の並んだマホガニーのアンティーク家具。
面取りが丁寧に施されている楕円形の鏡。その下にあるいくつもの抽斗のひとつに隠されていた。
そこには、地味だがセンスの良いワンピースを着た女性が包み込むような笑顔で映っていた。
僕は何故かあの晩、撮影から帰宅した彼女に気付く事も出来ないほど写真に見入っていた。
一枚は女性の写真。
もう一枚は古いヨーロッパ映画に出て来るような民家の部屋に質素なスーツを着たその女性と歳の頃十才くらいの利発そうな少年が映っていた。
「人の抽斗しを覗くなんて・・・。珍しい事をしているね。」
「誰なの?」
「叔母と甥っ子よ。海外に住んでるわ、
話さなかったっけ?」
れあは何とも思っていないようだった。
しかし後に、僕の母親が僕と彼女の結婚話が持ち上がった時、軽く彼女の素性を調べたと言って来たあの朝、
「大変よ、あの方、養女ではないの?
大きな会社のご令嬢というのは世間で有名な話だけれど、5才になる前に今のお家の娘さんになっているわ。」
「どうでもいいだろ。」
「良くないわ、私は今、名の知れたバレエ学校の指導者、貴方のお父様は作家でJペンクラブの役員よ、どうでもいいわけないわ。」
母はこういう事になると面倒臭い。
昔パリのバレエ学校を出て日本のバレエ団に呼ばれ、プリマを張っていた頃はこんな風ではなかったはずだ。
彼女の自由思想は、今や持っているものの多さに押し潰されてしまったのだろうか?
人はいくら富や名誉を手にしても、柔軟でユニークな発想を失ってはいけない。
「大体が、お洒落じゃないだろ!」
僕は母に、考えていた独り言を声にして言ってしまっていた。
「何を考えているの、今、おしゃれの話なんかしていません!」
「そうだった。しかしマスコミに今までその話が出て来ないなんて、母君の思い過ごしだろ?」
「それがね、探偵事務所も頭を抱えていたわ。養女になった経緯が複雑だし。
彼女のお父様という方が教会の牧師さんで、彼女が4才くらいの時に事故で亡くなっているの。でも、実はその当時自殺ではないかと噂されていたって。聖職者は自殺なんかしてはいけないでしょ。」
「何故自殺なんかするんだよ。」
「もしかしたら奥様以外の人を好きになっていたかも知れないって。」
ちょっと、ドキリとさせられる内容に母はワイドショーのリポーターみたいな目つきになっていた。
その後、そのお相手の人妻の方も自殺しただとか、彼女の母親が教会を人手に渡して海外に渡っただとか、彼女を養女にした社長夫妻は、一度海外に住まいを移した形にして彼女を養女にとってから帰国したとか聞かされたが、
僕の心にあったのは、18才の僕が小劇場で見た彼女は本物だったという思いだけだった。
あの小さなスポットライトの中の彼女は、
資産家の社長の娘として生まれ、どんな習い事でもさせてもらい、歌、バレエ、英語、絵画など、運転手の送り迎え付きで通っていたという、インタビュー番組で れあ自身が語り、世間の知るところによる4才以降の彼女ではなかった。
あの時のあの人は、父がよその女性を好きになって自殺を図り、母がそのために家も夫も職業も失い、彼女と乳飲み子を連れて海外に逃げ、幼い娘は知り合いの家の養女に出された。そんな過去を持つ娘の芝居だった。
だから彼女は闇の底に裸足で立っていた。
僕の母の興信所事件の後、この写真を真剣に見るのは初めてだった。
確かに れあに良く似ている。
4才までの彼女の過去は、女優としての傷になるのだろうか。
写真に微笑む れあの母の姿はとても暖かく優しい。僕は彼女の温かく優しい傷を愛していた。
もう、伝える事は出来ないけれど、多分僕が好きだったのは、世間がモニターで認めているところの
凛として厳しく、隙がなく強い、しなやかで美しく、完璧で男前の彼女ではなく、
傷だらけの小さな女の子の彼女だったのかも知れない。
その小さな女の子は、自分に自信がないけれど、常に上を向こうとしていた。
弱い者の痛みを知り、その人にわからないように手をさしのべている。泣いている者のこころが解り、知らないふりをしながらいつも一緒に泣いている、そんな彼女だ。
高飛車な鼻持ちならない女、と言って憚らないのは、女優の彼女を過大評価している業界人たちのいつもの口グセだ。
写真を静かに抽斗しに仕舞う。
僕も今夜は誰かと飲みたかった。本当は母の弟子で幼なじみでもある紳と飲みたかったが、シン・ナカガワは今夜まさに、パリでの公演の最終日であり、プリンシパルの帰りは5日も先になる。
僕も今日は車をやめておこう。
明日出来る限りの服を実家に移さなくてはならない。
小雨の中でタクシーを拾い、代官山のBARに向かった。