土曜日 父が退院してきました。


仕事帰り実家に父の顔を見に行くと

父は実家でトイレに一番近い

亡くなった祖母の部屋に

布団を敷いて寝ていました。


「父さん調子はどう?」

と聞くと

「ダメや〜。母さんもオレに振り回されて

 疲れてるだろうなぁ〜」

って。

母のいる台所に行き

「父さんどんな感じ?」

と聞くと

「さっきまで 縁側の座椅子で

 庭見ながらいたんだけど

 疲れたからって布団に入った所」

って。


「父さんが 母さん父さんに振り回されて

 疲れてるって言ってたよ」

というと 母は

「帰ってきたばっかりでバタバタしてるの。

 お父さんも やりたい事いっぱいあるけど

 思うように体は動かないから大変よ」

と笑っていた。

ちなみに この会話 そのまま書いたら

地元何処か すぐわかるくらい

本当は全部バリバリの方言で会話してます。


ダイニングテーブルの椅子に座って

母と話していると

そこに父が よたよたと歩いてきて

いつもの父の席に座った…と思ったら

「あっ・・・足高くしてくれないかな」

父は立ち上がって 自分で横の椅子を

引きたかったのだろうけど立ち上がろうとして

立ち上がるのも大変だと気付いた感じでした。 

母は父の席の横の椅子を引くと父の両足を

椅子の上に乗せるのを手伝いました。


「座りにくそうだなぁ」と思っていたら

父が

「もうちょっと高く…」

と。

母は よたよた座布団を持ってきて

足の下に1枚入れ もう1枚入れして

「どう?」

今度は バスタオル丸めてみたり。


「おおぅ いいよ ありがとう」

父は納得したようでしたが

正直もっと座りにくそうって高さで

なんだか大変そうに見えました。


そういえば 

祖母の部屋に敷いた布団の足元にも

ストレッチ用のトレーニングポールに

座布団やタオルを巻いて紐で縛って

足が高くなるように置いてありました。

きっとあれも そのままでは辛いと言って

母と高さをみながら試行錯誤したのでしょう。  


その後も

「次 いつ病院行くんだっけ?」 

と父が言って 母が病院から持ってきた鞄から

診察予定の紙を出してきて

カレンダーにマルをつけたり

「薬を出しておかないと…」やら

「オレ 保険証どうしたっけ?」やら


母が買い忘れてないか心配になったのか

「傷口につけるガーゼは買った?

 テープは?」やら

「オムツは?」やら

「大丈夫 買ってきたよ」ってだけじゃ

父が心配すると思うのか

その都度 よたよたと取りに行って

父の前に出して見せた。

オムツなんか 持ってきて 袋を開けて

中から1枚出して広げて見せて…と。


そんなに話さかなったからか 

体調が良くないからか 薬のせいもあるのか

とにかく いつも程 滑舌も良くないし

ゆっくり ぽつりぽつりと話してるけど

父の用事は ぽつりぽつりでも次々と出てきて

皆で一緒に座って話そうと思っても

母は父の要望に よたよた対応していて

忙しくて 全然座れない。


私は立ち上がって珈琲の準備をして

「お父さん お茶でいい?」と聞くと

「お父さんも珈琲飲むよ」と母

「肝臓に珈琲ってあんまりじゃない?

 もう少し飲まない方がいいんじゃない?」

と聞いたら母は

「お医者さんに聞いたら 好きならどうぞって

 言われたから病院にも持ってってあげたよ」

って…。

歳だしね。元々体調良くないし…

好きなもの我慢させなくてもって事なのかなぁ。

わからないけど。 


少し薄めの珈琲にして父にも少なめに入れて

座ると 私は父に言った。

昔からそう 祖母も母も 父は私の言う事を

文句言いながらも一番良く聞くと言ってた。

「なんだかんだ言っても 最初の子が

 1番可愛いんでしょう」と 

昔 妹にも言われたっけ…。

「あのさ父さん。元気な父さんなら

 元々体は動く方だし 自分の事は何だって

 自分で出来たから 母さんに頼まなくても

 全部自分でしてただろうし 

 思うように動けないから頼むしかないのは

 わかるんだけど

 母さんが父さんに振り回されて疲れてるって

 思うんだったら そんなに次々言わないで

 休み休みにしようよ。

 見てよ 母さんも歳だから よたよたして

 あれは?…って あっちに よたよた…

 それは?…って こっちに よたよた…

 よたよたしか動けないのに次々と

 慌てて転んだり怪我したら大変だよ」

父は 黙って母の方を見ていた。

母には

「お父さんも そんな事 わかってるから

 あんまり言わないであげて

 それと 私 

 そんなに よたよたしてないでしょう☺️」

って言われたけど 父が

「まあ よたよた…だなぁ…」

と言ったので 母と私は声を出して笑った。


父も口元が少し笑ってて

ただそれだけなんだけど すごく嬉しかった。

病院であった父は ずっと辛そうな顔だけで

口元だけですら 笑うなんてなかったから。


母はお菓子を持ってきて とりあえず座って

3人で珈琲を飲んだ。


父が

「オレの羊羹 出してきて」

と言うと 母が冷蔵庫から出してきたのは

食べかけの 小さい小さい羊羹でした。


甘いものも辛いものも塩っぱいものも

とにかく食べるのが大好きな父で

大好きな老舗の和菓子屋の羊羹を

一度に何切れも食べた人なのに

病院にいる時から少しづつ食べてたって羊羹は

ひとくち羊羹の4分の1より小さかった。


その大きさになるまで 

何回に分けて食べたんだろう

その小さな羊羹を更に4分の1くらいに切って

その一切れだけを口に入れると母に

「また後で食べるよ」と

しまっておくように言った。


病院にいる時から 食欲が無いと言っていた

何を食べても美味しくないし

何が食べたいのかも浮かんでこないと。


そりやあ 父さん骨と皮になるよ。 

こんな小さい羊羹さえ食べられないんだもの。


テレビでは相撲がはいっていた。

「ほら あのお相撲さん…あれ?

 名前出てこない ほら あの人あの人」

母がテレビを指差すと父はボソボソと

関取の名前を言った。

「ねぇ~すごいでしょう。

 お父さん病気したから私よりも

 よたよたしてるけど

 頭はしゃんしゃんしてる。

 私の方が頭は よたよただから

 お父さん頼りにしてるから頼むね」

母が笑って言った。

「おう」

また父の口元が少し笑った気がした。


「2人共 よたよたなんだし

 いつ寝ても いつ起きても良いんだから

 慌てずゆっくりね。

 近いから また来るし

 子供達も平日休みだったりするから

 私出来なくても 誰かできるから

 してほしいことあったら遠慮せず言ってよ」


父は座ったまま ぼそっと

「よたよたかぁ…」

と言った後 

「(私)ちゃん ありがとうなぁ」

って言って私を見送った。


子供の頃 大きくて大好きだった父の背中は

歳をとって小さくなって

病気をして更に小さくなった。


退院するって 

元通り元気になって帰って来るってことでは

ないんですね。


退院した日の夜 疲れたのかまた熱が出たので

帰ったら元気になる為に 頑張ろうと

よたよたでも 少しでも多く歩く練習を

するつもりだったけど

未だに全くできていません。


食欲もでてきていません。


母も頑張ってむしるのですが 父ほどではなく

座椅子に全身を預けて自慢の庭を眺めると

庭に生えた 小さい雑草が気になるようで

自分ではまだ 草むしりさえできないのが

父には もどかしいみたいです。


それでも家や庭は父を元気にしてくれるはず

2人仲良く よたよた よたよた と

ゆっくり生活をしています。

やっぱり2人は 私の憧れの夫婦です。