父はステージ2の肝臓癌でした。

術後経過が良ければ2週間ほどで退院できると

聞いていたので 父は2週間で出る気満々で

手術に臨みました

手術は問題なく順調に終わりましたが

2週間どころか もうすぐ2ヶ月経ちます。


手術前は 父も母も私も忘れていたんです

父がスポーツクラブで毎日筋トレしていて

元気だから


見た目は元気だけど 若い頃から酒好きで

健康診断でも肝機能の項目だけは

いつもひっかかってた

父の癌はその父の体で1番の弱点である

ボロボロの肝臓にできてるってことを。


まだ 傷の治りも良くないし

尿の出が悪くなったり

頑張って歩くと脚にパンパンに水が溜まったり

夜中に熱を出したり

酷い時は1日点滴うってたり

食欲もあまりなくて 筋肉自慢の父が

見る影もなく痩せてしまっています。

それでも 日々少しづつ良くなっています。


先日まで『ヤバい!老後の…』で書いたように

夫の役員報酬を減らそうと義母さんに言われ

考え始めたじきと 父の検査が進み

入院手術…ってなった時期は重なっていて

私の頭は いろんなことが回ってました。


強く見えて 普段 病気もせず元気なだけに

実は病気になった時のメンタルが弱い父は

『手術の次の日から動いてもらいます』と

言われていたから 手術が終わればすぐ

動いて鍛えはじめるつもりが

1人で起き上がってトイレにも行けないくらい

動けない日が続いて気弱になってるし。


ずっと賑やかな大家族で過ごしてきた母は

祖母が亡くなってからは父と2人になったけど

父が1人で数人分賑やかな人なので

1人静かな生活なんてしたことがなくて

『ただでさえ痩せてるのに 痩せたら

 お父さんが心配するから』って

食べてはいるみたいだけど

良くなる様子のない父を見て 母は確実に

気弱になって行ってるし。


長女だから 近くにもいるんだから

私が2人の気持ちを支えないと!って思うけど

いつも通りの仕事は 変わらずあるし

夫の役員報酬をどうするかを

我が家の家計を見直しながら

早急に決めなきゃいけないし


初めは2週間程度の予定だったから

本人の希望で父は個室に入ったけど

父は80歳までしか医療保険がなかったから

保険から出るお金はゼロで

家計見直す時 終身の医療保険は必要だって

思い知ったら 辞められなくなったわ😅

部屋代高いのに大丈夫なのかしら…とか

お金の心配もするけど

少しでも出してあげたくても

そんな余裕はないし…


頭の中 グチャグチャになりながら

グチャグチャになってるから尚更考えた事

華恵さんの事だった。

もう 『うらみ つらみ ねたみ そねみ

いやみ ひがみ やっかみ』人生の七味

オンパレードですよ😒


前に書いたことと 重なっちゃうかもだけど


華恵さん 専業主婦だけど

自分磨きにお金かけられるくらいお金あって

昼間に他所の男と会ったり

週に何度も ホテルいけちゃうくらい

時間に余裕もあって

さんざん家族裏切ったくせに

今もお金の苦労とは無縁の生活してて


癌になったから『家族と向き合いたい』って

夫と別れて 何も悪い事してませんって顔で

家族の元に帰って 家族に支えられて

闘病生活送って…幸せでしょ。


きっと家族には感謝してるだろうけど

感謝するのなんて当たり前だから

本来 支えてもらえなくても仕方ないくらい

たくさん裏切ったんだよ。

事実を知ったら 旦那さんも娘さんも

どんなに苦しむか…私には分かる。

それなのに なんで華恵さんは幸せなの。


3年前 桜子ちゃんの卒業式の日

今思えば癌の手術も終えて戻ってきて

数ヶ月して落ち着いてる頃だったんでしょね。

病気だったなんて思いもしないくらい

元気そうで やつれてもいなかった。


1番頭にくるのはね

私がどうしても華恵さんに文句を言いたい

って言った時 

夫が『もう 向こうは償ってる』って言った事


夫に『文句を言うのはあと2年だけ待って』

って言われて華恵さんが癌だったってことを

聞かされた。


何度でも言いたい

『癌は 病気は償いじゃない』


別れる時 華恵さんは自分が癌だと告白して

『バチが当たっちゃったかなぁ…』って

言ったって。


癌は 病気はバチじゃないよ❗


父が癌になって

2週間程度で元気に帰ってくるって

父も母も私も勝手に信じて疑ってなくて


2週間過ぎて…3週間過ぎても 

目に見えて良くはならなかった。 

母の誕生日の日 

いつもは父がケーキを買ってきたりして

2人でお祝いしてるのに寂しいだろうから

私がケーキを持って実家に行ったら母が

珈琲いれてくれて ケーキ食べながら

ちょっと嬉しそうに言った。


「お父さんから LINEが来たんだよ

 『お誕生日おめでとう。一緒に祝えなくて

 何もしてあげられなくてゴメンね』って」


「見せて〜」って言ったら

携帯を持ってきてそれを見せてくれた。


「病気の時もちゃんと忘れずにLINEしてきて

 父ちゃんも なかなかやるねぇ~😊」

そう私は言ったけど

でも 何かが変だった。

今日来たLINEじゃない…?


「『ありがとう』って返事したんだけどさ

 LINEきたの 2日前なんだよね😔

 私は何時もボケてて 

 今日何日かわからなくなって

 お父さんに聞いたら何時もパッと答えて

 お父さん頭いいねぇ✨って…」

母の目がウルウルして涙目になって

「お父さんが 誕生日間違うなんて

 日が分からなくなるくらい

 入院長くなっちゃったってことなのかなぁ。

 それ程痛かったり辛かったりするのかなぁ」

って。


私は泣き虫だけど

母は口数が少なく大人しい人だけど

心の強い所があって 

辛かったり悲しかったりすることがあっても

泣いてる所を見たことがないから

そんな母を見て 私の方が先に泣いちゃって

そしたら母は泣けなくなったのかな


「きっと誕生日忘れたら大変だって

 毎日思ってたんだよ。だからLINEして

 ホッとしたんじゃない『忘れずに送った』

 って 2日も早いのにね。

 あっ お父さんにLINE違ってたとか

 絶対言わないでよ。忘れてないだけで

 ありがたいし」

って 笑ってた。


家に帰って この話 夫と子供達にした。

「忘れないだけすごいよ。流石 爺ちゃん

 愛妻家だね」

二女が言ったから

「父さんだったら忘れてるよね」

って私が言った。


夫は どうなふうに その話を聞いたのかなぁ。



また長くなったので 続きます。