~結末を知っているのに、また再生してしまう不思議~
おはこんにちは。どうも僕です。
突然ですが、皆さんには何度も観てしまう映画ってありますか?
僕にはあります。
何度観たか、もう覚えていない。
ストーリーも知っている。
犯人も知っている。
誰が死ぬのかも知っている。
最後に何が起こるのかも、全部知っている。
なのに、また観てしまう。
これ、不思議じゃないですか?
世の中には、まだ観ていない映画が山ほどあります。
動画配信サービスを開けば、新作映画も話題作も並んでいる。
なのに、気がつけば昔観た映画を再生している。
しかも、初めて観たときと同じ場面で笑い、同じ場面で感動する。
今日は、そんな「同じ映画を何度も観てしまう」という現象について、少し考えてみたいと思います。
■結末を知っているのに、なぜ面白い?
映画の面白さの一つは、先が分からないことです。
主人公はどうなるのか。
犯人は誰なのか。
最後に何が待っているのか。
初めて観る映画には、そうした楽しみがあります。
特にミステリー映画。
犯人が分かった瞬間の驚き。
伏線が回収される気持ちよさ。
あれは、初見ならではの体験です。
では、犯人を知ってしまった映画は、もう面白くないのでしょうか。
そんなことはありません。
二度目に観ると、むしろ違う面白さが出てきます。
「あ、このセリフって、そういう意味だったのか」
「ここで、もう伏線が張られていたんだ」
「この人、最初から怪しい顔をしていたんだな」
初めて観たときには気づかなかったものが見えてくる。
つまり、一度目は物語を追い、二度目は物語の作り方を楽しんでいる。
同じ映画なのに、観ているものが違うんですね。
■映画を観たいのか、あの時間に戻りたいのか
ここで、少し違う角度から考えてみます。
僕らは、本当に映画そのものを観たいのでしょうか。
もしかすると、その映画を観ていた頃の自分に戻りたいのかもしれません。
例えば、学生時代に観た映画。
友達と映画館に行った。
レンタルビデオ店で借りてきた。
テレビのロードショーで観た。
そんな記憶が、映画と一緒に残っていることがあります。
当時の部屋。
テレビの大きさ。
一緒に観た人。
季節。
その頃に考えていたこと。
映画を再生すると、そうした記憶まで一緒によみがえってくる。
これは、音楽にも似ています。
昔よく聴いていた曲を流すと、その頃の景色を思い出すことがありますよね。
映画も同じなのかもしれません。
僕らは映画を観直しているつもりで、昔の時間を少しだけ取り戻している。
そう考えると、何度も同じ映画を観る理由が、少し分かる気がします。
■昔は主人公を見ていた。今は脇役を見ている
これは、大人になってから特に感じることです。
子供の頃、映画を観るときは主人公ばかり追いかけていました。
強い。
カッコいい。
正しい。
困難を乗り越える。
そういう主人公に憧れていたんですね。
でも、大人になって同じ映画を観ると、違う人物が気になってきます。
主人公を支える上司。
無茶な命令に振り回される部下。
家族を守ろうとする父親。
主人公とは違う正義を持った敵役。
昔は何とも思わなかった人物のセリフが、妙に胸に刺さる。
「ああ、この人も大変だったんだな」
そんなことを考えてしまう。
若い頃には分からなかった立場や責任が、少しずつ理解できるようになるからでしょうか。
同じ映画なのに、共感する人物が変わる。
これって、なかなか面白いことだと思います。
映画は変わっていない。でも、観ている自分が変わっている。
だから、何度観ても新しい発見があるのかもしれません。
■知っている物語には、安心感がある
もう一つ、考えられる理由があります。
安心感です。
初めて観る映画には、期待があります。
でも、同時に少し疲れることもあります。
登場人物を覚える。
人間関係を理解する。
物語の流れを追う。
伏線を考える。
知らない作品を観るというのは、意外と頭を使うものです。
一方、何度も観た映画。
登場人物も知っている。
展開も知っている。
結末も知っている。
だから、安心して観られる。
少し目を離しても大丈夫。
途中から観ても楽しめる。
疲れている夜には、こういう映画がちょうどいいことがあります。
新しい刺激を求める日もあれば、慣れ親しんだ世界に戻りたい日もある。
同じ映画を観ることは、退屈だからではなく、安心したいからなのかもしれません。
■好きな映画は、物語だけが魅力じゃない
そもそも、映画の魅力はストーリーだけではありません。
映像。
音楽。
俳優の表情。
セリフの間。
カメラの動き。
背景に映る街並み。
そうしたものが組み合わさって、一つの作品になっています。
例えば、何度も観ている映画。
好きな場面が近づくと、少しワクワクする。
「あ、そろそろあのセリフだ」
そして、知っているセリフが流れる。
やっぱり、いい。
これって、好きな音楽を何度も聴く感覚に近いと思います。
曲の終わりを知っているからといって、二度と聴かなくなる人は少ないでしょう。
むしろ、次にどんなメロディーが来るのか知っているからこそ、楽しめる。
映画も同じです。
結末を知っていることは、楽しみを失うことではない。
ときには、楽しみを深めることにもなるんですね。
■何度も観る映画と、一度で十分な映画
ここで、少し意地悪なことを考えてみます。
面白かった映画が、必ずしも何度も観たい映画とは限りません。
一度観て、強く感動した。
素晴らしい作品だった。
でも、もう一度観たいかと言われると、そうでもない。
そんな映画もあります。
逆に、映画として特別な傑作だと思っていなくても、なぜか何度も観てしまう作品があります。
セリフが好き。
登場人物が好き。
音楽が好き。
あの世界観が好き。
理由は、いろいろです。
つまり、「面白い映画」と「また観たい映画」は、必ずしも同じではない。
これは、ちょっと不思議です。
映画の評価を点数で表すことはできます。
でも、何度も観たくなる理由は、点数だけでは説明できない。
作品の完成度とは別に、自分との相性があるんでしょうね。
■年齢を重ねると、映画の意味まで変わる
例えば、家族をテーマにした映画。
若い頃は、主人公の自由を応援していた。
でも、親になってから観ると、親の気持ちが分かるようになる。
あるいは、仕事をテーマにした映画。
若い頃は、上司が理不尽に見えた。
でも、社会人になってから観ると、上司の判断にも事情があったことに気づく。
もちろん、年齢を重ねたからといって、必ず理解が深まるわけではありません。
むしろ、昔の方が素直に楽しめた作品もあるでしょう。
それでも、人生経験が増えることで、映画の受け取り方が変わることはあると思います。
これは、映画の面白いところです。
作品自体は、何年たっても同じ。
でも、観る側の経験が増えることで、新しい意味が生まれる。
同じ映画を観ているのに、毎回少し違う映画を観ている。
そんな感覚です。
■新しい映画を探すのが、少し面倒になった?
さて、ここで現実的な話もしておきましょう。
大人になると、映画を選ぶこと自体が面倒になることがあります。
配信サービスを開く。
おすすめ作品が並ぶ。
どれにしようか考える。
予告編を見る。
評価を調べる。
気になる作品をリストに入れる。
そして、また別の作品を見る。
……。
気がつけば、30分。
まだ何も観ていない。
ありますよね(笑)。
昔は、レンタルビデオ店で一本選ぶだけでも楽しかった。
でも、今は選択肢が多すぎる。
その結果、確実に楽しめると分かっている映画を選ぶ。
これも、同じ映画を何度も観る理由の一つかもしれません。
ただ、少しもったいない気もします。
まだ出会っていない名作が、どこかにあるはずですから。
■同じ映画を観るのは、時間の無駄なのか
ここで、今回一番考えたいことがあります。
人生の時間は限られています。
映画一本に、約二時間。
同じ映画を十回観れば、約二十時間。
その時間があれば、新しい映画を十本観られたかもしれません。
では、同じ映画を十回観るのは、時間の無駄なのでしょうか。
僕は、そうは思いません。
新しい映画に出会うことには、新しい映画に出会う楽しさがあります。
一方、好きな映画を繰り返し観ることには、繰り返す楽しさがあります。
どちらが上という話ではない。
好きな曲を何度も聴く。
お気に入りの店に何度も行く。
読み終えた小説を、また開く。
人間は、知らないものを求める一方で、知っているものにも戻りたくなる。
その両方があるから、面白いんでしょうね。
■しめ
大人になると、なぜ同じ映画を何度も観るのか。
結末を知っているから、安心できる。
昔の記憶がよみがえる。
好きな場面を、もう一度楽しめる。
年齢を重ねることで、新しい発見がある。
理由はいろいろあると思います。
でも、僕が一番しっくりくるのは、これです。
映画は変わらない。でも、観ている僕らは変わっていく。
だから、何度観ても楽しめる。
同じセリフなのに、昔とは違う意味に聞こえる。
同じ場面なのに、今の方が胸に刺さる。
そういう瞬間があるから、僕らはまた再生ボタンを押すのかもしれません。
そして、もう一つ。
映画を観直すことは、昔の自分に会いに行くことでもある。
あの頃、何に憧れていたのか。
何に感動したのか。
どんな未来を想像していたのか。
映画の中には、そんな記憶も残っている気がします。
……。
もっとも、僕の場合。
配信サービスを開いて、新しい映画を探しているうちに、結局いつもの映画を選んでしまうことがあります。
「今日は新しい映画を観よう」
そう決めたはずなのに。
気がつけば、何度も観た映画のオープニング。
そして、心の中でつぶやく。
「やっぱり、これなんだよな」
新しい映画を探す旅は、今日も出発前に終了しました。
今日はここまで。それでは、また別のお話で。