おはこんにちは。どうも僕です。

毎月恒例、僕の好きな「渋いキャラクター」を取り上げるシリーズ。

今回の人物は、『機動戦士ガンダムUC』から。

ダグザ・マックール。

ガンダムに乗らない。ニュータイプでもない。派手な必殺技もない。

それどころか、彼が所属するのは地球連邦軍特殊作戦群「ECOAS(エコーズ)」。

通称――マンハンター。

決して綺麗な仕事をしてきた男ではありません。

でも『UC』を見返すたび、この人が妙に格好よく見える。

今回は、そんなダグザについて考えてみます。


■ECOAS920隊司令、ダグザ・マックール

ダグザは、地球連邦軍特殊作戦群ECOASの920隊司令。

ECOASは、宇宙世紀0096年から遡ること約100年前、U.C.0093年に設立された特殊部隊です。

対テロ、掃討、潜入など、通常の連邦軍では扱いにくい任務を担う。

つまりダグザは、華々しいエースパイロットではありません。

戦争の裏側を歩いてきた職業軍人。

ここが、まず渋い。


■最初は、かなり怖い

『UC』序盤のダグザ。

正直、怖いです。

「ラプラスの箱」を巡り、ビスト財団当主カーディアス・ビストとの交渉へ介入。必要なら人質を使うことも辞さない。

バナージから見れば、完全に「怖い軍人のおっさん」。

僕ら視聴者から見ても、最初から好感を持つタイプではありません。

でも、ダグザ本人も分かっているんですよね。

自分たちが、どういう仕事をしているのか。


■自分を正義だと思っていない

僕がダグザを好きな理由は、ここです。

彼は自分をヒーローだと思っていない。

連邦が絶対的に正しいとも、自分たちECOASの行動が美しいとも思っていない。

命令を受ける。

必要なら汚れ仕事もする。

その結果が何を生むのかも知っている。

それでも逃げない。

若い頃に見たら、「渋い軍人」で終わっていたかもしれません。

でも歳を取ってから見ると、少し違う。

仕事の矛盾を理解したうえで、それでも責任を引き受けている人間。

そこに惹かれます。


■バナージとの出会い

そして、ダグザという人物を決定的にするのがバナージ・リンクスです。

まだ少年。

突然「ラプラスの箱」を巡る争いに巻き込まれ、ユニコーンガンダムに乗り、人を殺すことの意味に苦しんでいる。

一方のダグザは、何度も人の死を見てきた大人。

正反対です。

だからダグザは、バナージに綺麗事を言いません。

戦争はこういうものだ。

軍人とはこういうものだ。

そんな説教もしない。

むしろ、自分の姿を見せる。

ここがいい。


■ラプラスで見せた「大人」

物語の転機となる、ラプラス跡での戦い。

ダグザはバナージとともに、ユニコーンガンダムで現場へ向かいます。

そして、シナンジュを駆るフル・フロンタルと遭遇する。

相手はモビルスーツ。

こちらは人間。

勝てるわけがない。

それでもダグザは前へ出ます。

なぜか。

おそらく、自分が勝てると思っていたわけではない。

バナージを前へ進ませるため。

自分にできる仕事を、最後までやった。

僕には、そう見えます。


■「歯車にも意地がある」

ダグザを象徴する言葉があります。

自分たちは巨大な組織を動かす、ただの歯車なのかもしれない。

命令され、動き、必要がなくなれば交換される。

でも。

歯車には、歯車の意地がある。

この考え方が、ダグザそのものだと思います。

世界を変える力なんてない。

ニュータイプでもない。

ガンダムにも乗れない。

それでも、自分が今できることはある。

これ、歳を取ると妙に刺さるんですよね。


■若者へ答えを教えない

ガンダムには、若者を導く大人が何人も登場します。

でもダグザは、バナージに「こう生きろ」と答えを渡したわけではありません。

自分の選択を見せただけ。

あとは、お前が考えろ。

そんな距離感です。

だからバナージの中に残った。

大人が若者にできることって、案外これくらいなのかもしれません。

正解を押し付けるのではなく、

「俺はこうする」と背中を見せる。


■ギルボアとは違う「父親」

『UC』には、バナージへ影響を与える大人が何人もいます。

ジンネマン。

ギルボア。

カーディアス。

そしてダグザ。

面白いのは、それぞれ違う形の「父親」に見えることです。

ジンネマンは受け止める父親。

ギルボアは温かい家庭を見せる父親。

対してダグザは、

社会の厳しさを見せる父親。

優しく抱きしめてくれるわけではない。

でも、いざという時には自分が前へ出る。

短い時間しか一緒にいなかったのに、バナージへ残したものは大きかったと思います。


■そして、バナージは敬礼する

ダグザが命を落とした後。

バナージはユニコーンのコックピットから敬礼します。

あの場面。

派手ではありません。

でも『UC』の中でも、僕はかなり好きです。

最初は反発していた少年が、その男の生き方を理解する。

全部を肯定したわけではない。

ECOASのやり方が正しかった、と認めたわけでもない。

それでも、

一人の人間として敬意を払った。

だから、あの敬礼が重い。


■ダグザは「正しい大人」だったのか

たぶん、違います。

彼自身、それを望んでいなかった気がします。

汚れ仕事もしてきた。

人を脅した。

命令にも従った。

決して真っ白な人間ではない。

だからこそ、『UC』らしい。

完全な善人でも悪人でもなく、矛盾を抱えたまま自分の役割を果たす。

そして最後だけ突然格好よくなったわけでもない。

それまで背負ってきたものが、最後の行動に全部出た。

だから格好いいんです。


■ガンダムに乗らなくても、ガンダムに残る男

ガンダム作品のキャラクターを語ると、どうしても搭乗機がセットになります。

シャアならサザビー。

アムロならνガンダム。

ノリスならグフ・カスタム。

でも、ダグザにはそれがない。

それでも覚えている。

むしろMSに乗らなかったからこそ、

「一人の人間」として記憶に残った人物

なのかもしれません。


■しめ

若い頃。

格好いい大人というのは、強い人だと思っていました。

戦える。

迷わない。

正しい答えを知っている。

でも歳を取ると、それだけではないと思うようになります。

自分が正しくないかもしれないことを知っている。

仕事の矛盾も分かっている。

それでも誰かに責任を押し付けず、自分の番が来たら前へ出る。

ダグザ・マックールは、そんな男でした。

ニュータイプではない。

ガンダムにも乗らない。

世界を変える力もない。

ただの「歯車」かもしれない。

でも。

歯車にも、意地がある。

そして、その意地を見た少年が、次へ進む。

だから僕は『UC』を見るたび、ダグザが少しずつ格好よく見えるんだと思います。

派手ではない。

だからこそ、渋い。

今月の渋キャラ。

ダグザ・マックール。

やっぱり、このおっさん。

格好いいです。

今日はここまで。それでは、また別のお話で。