おはこんにちは。

どうも僕です。

今日は、

8月15日。

終戦の日です。

普段このブログでは、

モビルスーツについて書いています。

装甲。

武器。

ジェネレーター。

関節。

推進力。

なぜこの形なのか。

なぜこの武器なのか。

そんなことを考えるのが、

私は好きです。

巨大な兵器には、

純粋に機械としての格好良さがあります。

ガンダムが好き。

ザクが好き。

戦艦が好き。

兵器の構造を考えるのが好き。

でも今日は、

その先にあるものについて、

少しだけ考えてみたいと思います。


■兵器への憧れと、戦争への憧れは違う

ガンダムは格好いい。

ザクも格好いい。

戦艦が主砲を撃つ場面には、

今でもワクワクします。

でも、

兵器が格好いいと思うことと、

人を傷つけてもいいと思うことは、

まったく違います。

兵器とは、

本来、

人を傷つけるために作られたものでもあります。

その事実は、

忘れてはいけないと思っています。


■ガンダムには「敵」がいない

正確には、

敵軍はいます。

でも、

単純な「悪」は、

意外と少ない。

地球連邦には、

地球連邦の理由があります。

ジオンには、

ジオンの理由があります。

そこで戦う兵士にも、

それぞれの理由があります。

守りたい人。

故郷。

家族。

仲間。

思想。

誇り。

それぞれが、

自分は正しいと思っている。

だから、

戦争は難しいのだと思います。


■争いは、なぜ起きるのか

もし、

一方が完全な悪で、

もう一方が完全な正義なら、

話は簡単です。

しかし現実は、

そんなに単純ではありません。

人間には、

それぞれの立場があります。

それぞれの歴史があります。

そして、

それぞれの正義があります。

自分にとって当然のことが、

相手にとっては当然ではない。

その違いが大きくなり、

「自分こそ正しい。」

となったとき、

争いが始まるのかもしれません。


■でも「正義がある」は免罪符ではない

ここは、

とても大切だと思っています。

お互いに正義がある。

だから、

どちらも仕方なかった。

私は、

そうは思いません。

どれだけ立派な大義があっても、

人を傷つけた事実が消えるわけではありません。

正義があることと、

何をしても許されることは、

まったく違います。


■正義は振りかざすものではない

自分の正義を、

相手に押し付ける。

そして、

受け入れない相手を敵と呼ぶ。

そこから、

争いが始まります。

だから私は、

正義とは、

振りかざすものではないと思っています。

押し付けるものでもない。

互いの正義がなぜ生まれたのかを、理解するためのもの。

そうあってほしいと思います。


■理解することは、負けることではない

相手の話を聞く。

相手の歴史を知る。

相手がなぜ怒っているのかを知る。

それは、

自分の考えを捨てることではありません。

まして、

相手の行動をすべて認めることでもありません。

ただ、

「自分から見えている世界だけが、世界のすべてではない。」

そう知ることです。

これ。

簡単なようで、

妙に難しい。


■戦争で最初に犠牲になるのは誰なのか

戦争を始める人と、

戦場で死ぬ人は、

同じとは限りません。

命令する人と、

銃を持つ人も違います。

そして、

戦うことすら選べない人もいます。

子ども。

高齢者。

普通に暮らしていた人。

社会的に弱い立場にいる人。

戦争が始まれば、

そうした人たちの日常から、

先に壊れていきます。

だから、

戦争には勝者がいるとしても、

本当に何かを生み出しているのか。

私は疑問に思います。


■人間という妙な生き物

人間は、

同じ人間同士で争います。

国。

民族。

宗教。

思想。

土地。

資源。

さまざまな理由で、

線を引きます。

そして、

その線の向こう側にいる人を、

「自分たちとは違う。」

と考えてしまう。

でも同時に、

人間は、

まったく違う文化の人と友達にもなれます。

助けることもできる。

愛することもできる。

一緒に笑うこともできる。

争うことができて、

共存することもできる。

人間は、その矛盾を抱えた生き物なのだと思います。


■だからガンダムを見る

ガンダムは、

架空の物語です。

一年戦争も、

ジオン公国も、

モビルスーツも、

現実には存在しません。

でも、

そこで描かれている人間の感情は、

妙に現実的です。

憎しみ。

恐怖。

家族への思い。

復讐。

正義。

そして、

理解し合いたいという願い。

だから、

私はガンダムが好きなのだと思います。


■8月15日に思うこと

戦争から何年経ったかを数えることも、

もちろん大切です。

でも、

もっと大切なのは、

なぜ戦争が起きたのかを、

考え続けることなのかもしれません。

誰が正しかったのかを決めるだけではなく、

なぜ相手にも、

自分を正しいと思う理由があったのかを知ろうとする。

そして、

それでも越えてはいけない線があることを忘れない。

それが、

戦争を知らない私たちにもできることなのだと思います。


■しめ

ガンダムが好きです。

ザクも好きです。

兵器の構造を考えるのも、

これからも続けていくと思います。

でも、

その格好良さの向こう側には、

人間がいる。

そのことだけは、

忘れたくありません。

正義は、

相手を殴るための拳ではない。

自分とは違う誰かを、

理解するための入口であってほしい。

人間は、

争うことができます。

でも同時に、

共に生きることもできます。

そのどちらを選ぶのか。

最後に決めるのは、

兵器でも、

思想でもありません。

人間です。

8月15日。

今日は少しだけ、

ガンダムという作品を通じて、

平和について考えてみたいと思います。

今日はここまで。

それでは、また別のお話で。