第七話 完璧じゃなかった日

池崎智香は、いつも正しい。

テストは上位。
部活でも結果を出す。
誰にでも優しい。

弱音なんて、吐かない。

だから——その日、潤は自分の耳を疑った。

放課後の階段。

誰もいない踊り場に、智香が座っていた。

俯いたまま動かない。

「智香?」

顔を上げた瞬間、潤は息を呑んだ。

泣いていた。

「……ごめん、見ないで。」

智香が泣くところなんて、初めてだった。

「どうしたの」

しばらく沈黙が続く。

やがて智香は、小さく言った。

「推薦、落ちた。」

潤の胸が締め付けられる。

智香がずっと目指していた大学の附属校。

ほぼ確実と言われていた。

「私、完璧じゃなかったみたい。」

笑おうとして、失敗する。

「ねえ潤。
私さ、“できる子”でいないと価値ない気がしてた。」

潤は何も言えなかった。

言葉が軽くなる気がした。

そのとき。

智香のスマホが震える。

画面を見て、表情が固まる。

母親からだった。

——期待してたのに。

——どうして?

——あなたなら大丈夫だと思ったのに。

智香の肩が震える。

世界が歪んで見えた。

(三秒)

潤は能力を使おうとした。

涙を止める?
時間を戻す?

でも——できない。

この力は、心を動かせない。

潤は初めて理解した。

この能力は万能じゃない。

だから潤は、手を伸ばした。

能力じゃない。

自分の手を。

智香の隣に座る。

「智香。」

声が震える。

「私は、完璧な智香より——今の智香のほうが好き。」

智香が目を見開く。

「できないことがあるの、当たり前だよ。」

沈黙。

やがて智香は、潤の肩にもたれた。

「……ちょっとだけ、このままでいい?」

「うん。」

夕日が差し込む。

潤は思った。

三秒じゃなくても、人は誰かを支えられる。

その日の帰り道。

智香がぽつりと言った。

「潤がいてよかった。」

前にも聞いた言葉。

でも今回は、重みが違った。