第一話 三秒の秘密
谷咲潤は、目立つ。
身長170センチ。おさげに黒縁メガネ。
教室の後ろにいても、すぐ分かる。
でも本人は、できる限り目立たないように生きていた。
理由は簡単だ。
人には言えない秘密があるから。
——三秒だけ、世界を動かせる。
最初に気づいたのは、小学校高学年の頃だった。
作りかけのガンプラ。
どうしても腕の角度が決まらない。
(あと少しだけ上がればいいのに)
そう思った瞬間。
触れていないはずの腕が、わずかに動いた。
最初は気のせいだと思った。
でも、それは何度も起きた。
理解したとき、潤は少しだけ震えた。
怖かったわけじゃない。
むしろ——嬉しかった。
アニメの主人公みたいで。
だけど成長するにつれ、気づいた。
この能力は、派手じゃない。
世界を変えるほど強くもない。
三秒だけ。
ほんの少し動かせるだけ。
だから潤は決めた。
この力は、自分の趣味のためだけに使う。
平穏な日常に、能力なんて必要ない。
そう思っていた。
高校二年の春までは。
「潤!」
明るい声が飛ぶ。
池崎智香だった。
セミロングの髪に整った顔立ち。
勉強も運動もできる。
誰とでも話せる。
潤とは正反対の存在。
「今日、模型の課題あるよね?また教えて!」
「う、うん…いいよ」
出会いは去年の美術の授業。
困っていた智香に声をかけたのがきっかけだった。
それ以来、智香はよく隣にいる。
「潤ってさ、ほんと器用だよね」
違う。
器用なんじゃない。
三秒、動かしているだけだ。
でもその秘密を、潤はまだ誰にも話したことがない。
放課後。
いつもの模型店に寄る。
そこは潤にとって、唯一心がほどける場所だった。
工具の匂い。
整然と並ぶ箱。
小さな世界を、自分の手で作れる場所。
そのとき。
「やっぱりいた」
振り向くと、城健太郎が立っていた。
サッカー部のエース。
長身のイケメン。
なのに驚くほど気さく。
「おすすめ教えてくれよ」
潤の心臓が少し跳ねた。
誰かに頼られるのは、嫌いじゃない。
三秒じゃなくて。
自分の言葉で誰かの役に立てるなら。
それはきっと、悪くない。
潤はまだ知らない。
この春が、自分を少しずつ変えていくことを。