映像と神話が交差する――『閃光のハサウェイ キルケーの魔女』を観て考えたこと

おはこんにちは。
どうも僕です。

今日は、映画
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』
を観てきた感想を書いていきたいと思います。

まずはシリーズの概要を軽くおさらいしつつ、
観てきた率直な感想と、少しだけ考察を。

それでは、行ってみましょう。

 


■ 映画『閃光のハサウェイ』シリーズとは

『閃光のハサウェイ』は、
富野由悠季による同名小説を原作とした映像作品で、
逆襲のシャア』のその後を描く物語です。

主人公は、かつてブライト・ノアの息子として登場した
ハサウェイ・ノア

時代は宇宙世紀0105年。
地球連邦政府の腐敗と特権階級による地球搾取が進む中、
反地球連邦組織「マフティー・ナビーユ・エリン」を名乗り、
テロという手段で世界を変えようとする男として描かれます。

本シリーズは三部作構成。
静かな会話、重い空気、そして圧倒的な映像表現によって、
「ガンダム=戦争ドラマ」という側面を
これでもかと突きつけてくる作品です。

 

 


■ 映画を観てきた率直な感想(ネタバレなし)

結論から言うと──

よかった!

ただし、
「完璧に刺さったか?」と聞かれると、
正直なところ、個人的には“いらないかな”と思うシーンもちらほらありました。

それでも、
この作品の最大の魅力はやはり映像美

特に印象に残ったのは、

  • 海の波の表現

  • 水中シーンの重さと透明感

  • 光と影のコントラスト

これらはもう、
「アニメ」という言葉では片づけられないレベルです。

実は僕、小説版で物語の流れや結末はすでに知っています。
だからこそ、
“このシーンをどう映像化するんだろう?”
という視点で観る楽しみがありました。

ネタバレになるので内容は書きませんが、
前作が好きだった人ほど、
「観て、考えて、あとから余韻に浸る」タイプの映画だと思います。


■ 副題「キルケーの魔女」について

ここからは、今回の副題
**「キルケーの魔女」**について。

● キルケーとは何者か

キルケー(キルケー/キルケーア)は、
ギリシャ神話に登場する魔女。

英雄オデュッセウスの旅路に現れ、
人を獣に変える魔術を使い、
男たちを惑わせる存在として描かれています。

ただし、単なる「悪」ではなく、

  • 魅了する存在

  • 導く存在

  • 破滅をもたらす存在

そのすべてを内包した、
非常に象徴的な“魔女”です。


■ なぜ「キルケーの魔女」なのか

今回の物語で印象的なのは、
やはりギギ・アンダルシアの存在。

彼女は戦わない。
だが、物語を大きく揺らす。

ケネス大佐が名付けた
**「キルケー部隊」**という名称も含めて考えると、
この副題の付け方は本当にうまいと思いました。

  • ギギ自身が“魔女”になるのか

  • それとも、
    マフティー=ハサウェイにとっての
    **厄災(魔女)**となるのか

答えは、まだはっきりとは示されません。

だからこそ、
この副題は物語の途中に置かれた
問いそのものなのだと思います。


■ 早くも、次回作へ

物語はまだ終わらない。
むしろ、ここからが本番。

小説を読んでいるからこそ、
次に何が待っているかは分かっている。
それでも、

「この重さを、
この静けさを、
次はどう描くんだろう」

そんな期待を、
しっかりと持たせてくれる一本でした。


今日は、ここまで。

映像で語るガンダム、
神話を副題に背負ったガンダム。

考える余白がある作品が好きな人には、
間違いなく刺さると思います。

それでは、また別のお話で。