アニメ『BEASTARS』あらすじと魅力
― 本能という呪いと、社会という檻 ―
もしこの社会が、
「草食動物」と「肉食動物」で明確に分断されていたら。
もし“食べる側”と“食べられる側”が、同じ教室で机を並べていたら。
『BEASTARS』は、そんな極端な設定を通して、
人間社会そのものを鋭く切り取る社会派アニメだ。
■ あらすじ:共存を強いられた世界
物語の舞台は、擬人化された動物たちが共存する学園社会。
草食動物と肉食動物は「平等」であるべきとされながらも、
その裏では本能・恐怖・差別が静かに、しかし確実に渦巻いている。
主人公は、内向的なハイイロオオカミ・レゴシ。
彼は肉食動物でありながら、自身の攻撃性や欲望を強く恐れ、抑え込んで生きている。
そんな彼が、
小柄なウサギの少女・ハルと出会い、
さらに学園内で起こる「食殺事件」をきっかけに、
自分の“本能”と正面から向き合わされていく──。
■ BEASTARSの魅力①
「本能」に逆らえるのか、という問い
この作品が突きつける最大のテーマは、明快だ。
本能は、克服すべき悪なのか?
それとも、受け入れるべき現実なのか?
肉食動物は、
「理性を持て」「抑えろ」「危険になるな」と教育される。
だがそれは、
生まれ持った性質そのものを否定されることでもある。
これを人間社会に置き換えると、
思想、宗教、民族、性差、出自、偏見──
私たちが「理屈では平等」と言いながら、
無意識に線を引いているものと、恐ろしいほど重なってくる。
■ BEASTARSの魅力②
食物連鎖という“逃れられない制約”
BEASTARSが面白いのは、
単なる「差別はよくない」という綺麗事で終わらないところだ。
この世界では、
肉食動物は草食動物を食べなければ生きられない。
つまり、
-
加害性を完全には否定できない者
-
被害に遭う可能性を常に背負う者
この非対称性が、物語に強烈なリアリティを与えている。
「分かり合おう」とする努力と、
「どうしても越えられない壁」。
その狭間で揺れるキャラクターたちの姿が、
この作品を単なる寓話ではなく、現実の縮図にしている。
■ 音楽と演出:YOASOBIが象徴する第一期
第一期のオープニングに採用されたのは、YOASOBI。
疾走感がありながら、どこか不安と孤独を感じさせる楽曲は、
レゴシの内面そのものと言っていい。
また、
3DCGと2Dを融合させた独特の映像表現も特筆すべき点だ。
滑らかでありながら、
どこか“生々しい”動き。
これは、
「理性を装った社会の下に潜む本能」を視覚的に表現しているように感じる。
■ 作者・板垣巴留と、その血脈
この作品の深みを語る上で欠かせないのが、作者・板垣巴留。
実は彼女の父親は、
『刃牙』シリーズで知られる漫画家・板垣恵介氏。
長らく非公表だったこの事実は、
親娘対談をきっかけに明かされた。
考えてみれば納得だ。
『刃牙』もまた、
「暴力」「本能」「強さとは何か」を極限まで突き詰めた作品。
切り口は違えど、
人間(動物)の根源を描こうとする姿勢は、確かに受け継がれている。
■ なぜBEASTARSは心に刺さるのか
BEASTARSは、
気軽に“スカッとする”アニメではない。
むしろ、
-
少し疲れているとき
-
世の中に違和感を覚えたとき
-
答えの出ない問いを抱えたとき
そんなタイミングでこそ、深く刺さる。
「正しさ」と「現実」
「理想」と「本能」
その間で揺れ動く姿に、
私たちは知らず知らずのうちに、自分自身を重ねているのだと思う。
■ これから触れる人へ
アニメも素晴らしいが、
最初は漫画から入るのがおすすめだ。
モノローグや間の使い方、
コマ割りに込められた“沈黙”が、
この作品の思考性をより強く伝えてくれる。
BEASTARSは、
答えを与える作品ではない。
ただ、
考えるきっかけを、静かに、しかし確実に手渡してくる。
少し立ち止まって考えたい夜に、
ぜひ触れてほしい一作だ。
今日は、ここまで。
それでは、また別のお話で。

