おはこんにちは、どうも僕です。

今日がガンダムのお話。

 

ガンダムの話をすると、決まって主役機や主人公の名前が挙がる。
でも、僕が心を掴まれてきたのは、いつも少しだけ画面の端にいた人物たちだった。

彼らは世界を救えなかったし、歴史の教科書にも大きくは残らない。
それでも確かにそこにいて、悩み、選び、戦っていた。

今日は、そんな「主役じゃないガンダムの話」をしたい。


スレッガー・ロウという覚悟

スレッガー・ロウ中尉は、いわゆる理想的な軍人ではない。
粗野で、軽口が多く、どこか不真面目にも見える。

だが彼は、戦場という場所がどういう所かを、誰よりも理解していた大人だった。

Gファイター特攻という選択

ソロモン攻略戦。
連邦軍の前に立ちはだかったのは、ドズル・ザビが搭乗する巨大MA、ビグ・ザム。

圧倒的な防御力と火力の前に、味方は次々と撃墜されていく。

その状況で、スレッガーはGファイターに乗り込み、ビグ・ザムへと向かう。

あの突撃は、命令でも英雄願望でもない。
誰かがやらなければならない役目を、自分が引き受けただけの行動だった。

ミライに残した言葉も、決して格好いいものではない。
それでも、彼の背中には覚悟があった。

ガンプラで再現するなら

スレッガーをガンプラで表すなら、派手なポージングはいらない。

Gファイターが、ただまっすぐ前を向いている。
それだけで十分だと思う。

無言で進む姿こそが、彼の誠実さそのものだからだ。

スレッガーが残したもの

彼は勝者ではない。
生き残ることもできなかった。

それでも、その選択は戦場に確かな意味を残した。


ドズル・ザビという人間

ドズル・ザビは、ザビ家の中でも特に不器用な男だった。

策謀に長けていたわけでもなく、冷徹な合理主義者でもない。

だが彼は、誰よりも部下を信じ、家族を愛した将だった。

ビグ・ザムに乗る理由

ドズルは、最後まで前線に立つことを選んだ。

安全な場所で指揮を執ることもできたはずだ。
それでも彼は、巨大なビグ・ザムに乗り込み、戦場へ出た。

圧倒的物量を誇る連邦軍に対し、
一撃必殺を信じて立ち向かう姿は、どこか愚かにも見える。

だがその愚かさこそが、彼の人間らしさだった。

父として、将として

彼は将である前に、父だった。

家族を守り、部下を守るために戦った男。
だからこそ、その背中は多くの兵に慕われた。

ガンプラに宿るドズル

ビグ・ザムのガンプラを組むとき、
細かなディテールよりも、その圧倒的な存在感に目がいく。

それはきっと、ドズルという男の在り方そのものだからだ。


主役じゃない物語が残る理由

スレッガーも、ドズルも、勝者ではない。

だが彼らは、それぞれの立場で最善を選んだ。

ガンダムが今も語られるのは、
こうした「主役じゃない人間たち」の物語があるからだと思う。


今日はここまで。
思い出は、語るとまた動き出す。
それでは、また別のお話で。