こんなウンチぶりぶり鼻毛飛び出し人間の身辺雑記なんか何の得にもならないだろ。まあ、損にもならないからいいんだけど。


なんではじめたのか。確かヒマだったからと文章力を鍛えたいとかそんなだった気がするなあ。


でも日記書いても文章力はあんまり向上しないらしい。積極的に新しい言葉とか言い回しとか、辞書なんかも使って意識して取り入れて表現するように心掛けないとダメっぽい。


でも日記にそこまで力入れたくないし。どん詰まりだ。



「言葉じゃないよ、心だよ!」って思うときもあるけど、その心が掴みどころがなくて不確かで定まらないから、できるだけ言葉にして伝えたいんじゃないか。


「嬉しい」とか「悲しい」とか「愛してる」とか「憎い」とかだけじゃないんだよ。「好き」と「嫌い」の間に、「良い」と「悪い」の間に無限の濃淡があるんだよ。しかもそれは刻一刻と変化していく。


それを何としても捉えたいから、伝えたいから、思い知らせたいから、言葉にすがるしかないじゃないか。ギリギリまで精確に、でもちゃんと届かないんじゃないかという不安も抱えて、それでも貧相な脳みその中から掬いだして表出するしかないじゃないか。


それをするから人間なんだろう。それをしても分かり合えないから人間なんだろう。


もともと複雑で一つじゃないものを共通の記号に置き換えてコミュニケーションをとるから、仲良くなったり争ったりするんだろう。


基本は「心」だとしても、繋がるためにいろんなものを媒介にするから、言葉だけじゃなく、表情でも身振り手振りでもセックスでも殴り合いでもいいけど、それらを媒介にして伝わる過程で、良くも悪くも削り取られる要素が生じるんだ。単純化されるんだ。


これって何だ。宿命なのか。この宿命に逆らって一生懸命やって思いが伝わったら、その分嬉しい、みたいな感じなのか。


わからない。よくわからない。ただこのことについて考えると、誰しも絶対的に独りでしかないことを思い知らされる。自分は自分からは絶対に抜け出せないことを思い知らされる。


みんな必死だ。多分。