ちかごろの出来事。 | ああいえBAR 旧館・支那竹銀座より

ああいえBAR 旧館・支那竹銀座より

「支那竹銀座」はラーメンズ小林賢太郎さんに名付けてもらいました。
負け犬というよりバカ犬。飼い主には従順素直。
悪そうなヤツや知らない人には、吠えたり噛み付いたり。
エサくれたら恩は忘れません。面白いエンタメを求めて日々彷徨っています。

最近、人と深い感情を抜きにして

 

死について語ることがあった。

 

 

簡単に。

 

 

 

ただ一問一答。

 

 

私は昔から自分が死ぬということより

 

 

 

ひとり取り残されてしまう恐怖感が強くて

 

だったり死んでしまったほうが楽、と

 

考えるフシがある。

 

 

まるで「ぼくの地球を守って」のテーマを

 

 

 

思い出してるみたいだ(笑)。

 

 

残されるつらさ

 

 

 

 

それを人生の半分と言われる

 

 

 

この数十年の間に、体験しすぎた…気がする。

 

 

それを、だから十分に分かっている。

 

 

 

分かっているのに

 

「自分が死んだら残された人は

 

つらく思ってくれるだろうか」という疑問が

 

常に頭のどこかに眠っている。

 

 

例えば、有名な芸能人が若くして死んだ時。

 

 

 

ショックは受ける。が、それは「辛い」のだろうか。

 

 

「あの人がいて楽しかったのに、寂しくなる」

 

 

 

というのは辛さとはちょっと違う気もするし。

 

 

そんな、辛さとか

 

 

 

言葉でいくらでも誤魔化せもする感情…

 

実に得体の知れないものを

 

人と一対一で感情的にならず問答する。

 

 

 

結構…なんてか…初体験。

 

 

 

 

 

それに、なんだか偶然なんだけど

 

 

 

 

 

人が死ぬことをテーマにした

 

小説を読むのが続いていたりして。

 

すごく高いところから死を眺めている感覚がある。

 

 

最近、車が武器になっている事故で

 

 

 

命を奪われるのが続いたけど…

 

多くの人が加害者を非難しショックをぶちまけているけど

 

その前に辛さと戦わなきゃいけないごくごく身近な人の想い

 

…なんか考えちゃうんだよね。

 

 

7年の福知山線の事故も。

 

 

 

事故はいろいろとあるけどもね…

 

 

うーん。考えて考えて脳みそ、とけそう。

 

※こんなこと書いてるぐらいだから、

そりゃトッケビにハマるわけだよ(笑)。