よく
「○○400個で、恵まれない国に学校が建つ」
とかいうボランティア活動がありますが
知人が
「その、風が吹けば桶屋が儲かる的な
流れのカラクリが知りたい」と言ってました(笑)。
カラクリといえば
カラクリ…というんでしょうか
流れが気になるものといえば
私もひとつあります。
「自分が死んだら
友達はいつ知るのだろう」
私は東京で一人暮らし。
万が一で、街中で事故にあったりして
命を落とすとします。
警察は私のカバンの中から
免許証を取り出し
自宅住所までは簡単に
見つけてくれるでしょう。
まずは大家さんに連絡が
行くのではないかと思います。
意外(?)な重要人物です。
そして、大家さんは私の契約書から
保証人である親戚に
連絡を取ることでしょう。
私の亡骸はここで
親戚にご迷惑をかけることに
なるであろうことは想像できます。
そして親戚は、私の職場に
連絡を入れてくれるかもしれません。
(しかし、職場の連絡先を残してない
のが現状です)
もし連絡がなかったとしても
何日も連絡とれない状態が続けば
逃亡とみなされて、クビになるかも
しれませんね。
しかし、この時点で
私と友達を結ぶ線を
誰も知らないのです。
職場から友人につながる
ルートはありません。
最初のうちは、友人たちは
携帯に連絡をよこすかもしれませんが
こんな騒動の中で、携帯の充電に
気を回す人もそういないでしょうから
そのうち携帯の電池も切れます。
そこで、あれ?こんなのおかしい…と
思われるタイプの人間じゃない
ところが、ミソです(笑)。
気まぐれに連絡を取らないことは
充分ありえそうな私のキャラ設定です。
定期的に連絡を取る友達もいません。
このまま友人たちに
気づかれないまま
お骨となってお墓に眠ることは
充分に考えられます。
友達はいつ、私の異変に気づくでしょう。
…ただ、一人だけ…彼女だけは
もしかしたら、ある程度の短い時期で
気づいてくれるかもしれません。
何日もパソコンが上がってこなかったら…
ブログの更新がストップしてることに
不審に思ってくれるかも…
しかし、いずれにしても
携帯とパソコン、この2つが
キーポイントになるんですね。
なんだか寂しいような…
近頃、昔ほど「老人の孤独死」の報道を
見なくなったように思います。
一人きりで発見されずに死ぬこと…
が、ごく一般的なことになりつつあるんでしょうか。