「甘えさせる」のと「甘やかす」のは違う。
甘えさせるのは
どんだけでもさせていいそうだ。
だけど、甘やかすのはやっちゃいけない。
初詣のさなか、突然、行き交いが止まる。
何かと思うと、前方で子供がダダをこねている。
散歩に行くのをいやがる犬のごとく
道に座らん勢いでダダをコネ中真っ最中。
お母さんは人前であるということを
配慮した上でのギリギリのキレ具合で
子供を歩かせようとしているが
子供が勝っている。
周囲はそれで大渋滞。
お母さんは子供は叱るけど
周囲のことは見えてない。
なぜここで座っちゃいけないのか
周囲の迷惑になるでしょ?という
説明もなしに
「立て。立つんだジョー」とやるから
少年少女になった暁に
怒られない限り電車の床に座りまくる子が
育つのではないかと思う。
それなりのラッシュタイムの
構内における歩行訓練、改札訓練、
電車への乗降ジャンプの記録…
そんな練習は昼下がりの地元で
やってくれないか、と思うのである。
先日、小学校低学年くらいの男の子に
ご丁寧なことに両足を順々に踏まれた。
以下、小僧と呼ぶが
小僧はそれをはっきりと認識していて
私の顔色を伺っている。
けれど、謝ろうという気はないようで
数分後には、何事もなかったように
隣にいたオシャレな父親と対等に会話をし
父親も「おー、息子よ。頼れる男になったな」風な
会話をしていやがる。
おいおい、父さまよ。
オタクの息子は、自分が悪いことをしたと
認識していながらも、
謝るという選択肢を取らなかったんだよ。
それがオタクの教育方針だとしたら
子供を作ったこと自体、過ちだったな!
と、捨て台詞を言いたくなるほどの
憎たらしい小僧っぷりだった。
私が子供の頃
「アメリカ人は謝らないんだよ。
謝ったら全責任を取らさせられるからね」と
大人たちに聞かされた覚えがあるが
いつの間にか、日本も謝らない国になったらしい。
そして、甘えさせるのは下手なくせに
甘やかすのは上手な国になった。
子供を育てるにはなかなかイヤな国だ、と
負け犬の私はそう思う。