友達が30歳になった。
昨夜はその日にち越えお祝いをした。
「三十路の仲間入りだねー」なんて
からかって遊んでいたのだが
ふと、私が三十路に足を踏み入れた時のことを
考えてみた。
そうだ。
1月の誕生日を間近に控えた29歳の冬。
ちょうど明日…12月9日。父が亡くなった。
その日、昼ごろ仕事場に義母から電話が入った。
「いよいよだから…。あきちゃんどうする?」
以前から闘病中だった父の件については
「本当にいざという時には連絡するわ。
それまではあきちゃんの顔を見たら
義母さん倒れちゃうから、こないでね。」
と、義母は言ってた。
義母は私が嫌いで
私の顔を見ると気分が悪くなるという。
父の看病は義母に任せていたので
その感謝の気持ちを優先することにして
実際、父には逢わずにいた。
義母と私が揃えば、父に心理的負担もかかる。
その「いざ」の日がやってきた。
前々から覚悟はあったものの
やはり「いざ」となると、心も動じる。
すぐに仙台へ向かうと義母には告げ
仕事場の仲間に仕事の調整を頼んだ。
会社を出る時、普段は頼りにならない
おじいちゃんと呼ばれていた先輩が
「大丈夫か…」と心配してくれた。
この後、起こるであろう義母とのやりとりと
父の最期が迫っていることで不安だった私は
この応援が有難かった。ひと泣きした。
…この夜、私が病院に到着すると
義母は私と一緒にいたくなかったのか
家に一旦帰宅した。
義母が席をはずしたとたん、
私と父方の親戚、ヘルパーさんだけが見守る中
父は息を引き取った。
この後…義母の攻撃は激化し
葬式の最中でも
「見舞いにも来ない鬼娘」と
ご近所さんに言って回られた。
田舎の人は、純粋なのか
すぐに義母の言葉を信じて
ものすごい目で睨み付けてきた。
来ないでといったのは義母のほうなのに…。
話も聞かないで、偏った噂をすぐ鵜呑みにする
近所の人にも腹が立った。
唯一の私の味方であろう父側の兄弟は
すべて式への参加を拒否され追い出されていた。
もうなにがなんだか…である。
それでも無理やり、式場に乗り込み
私を守ってくれた親戚には今でも頭が上がらない。
私は親戚に守られて
葬式中、人生で一番の大泣きをした。
赤ちゃんでもこんなに泣かないよ!というくらい泣いた。
実際、いとこが乳児を連れてきていたのだが
その子にまで慰められる始末だった。
死んだことを悲しむ涙じゃなかった。
「なんでこんな人生なんだろう?」
「父も母もなにしてんのよっ!」
…そういう怒りに似た感情だった。
この後も、義母との戦争は
誕生日はもちろん一周忌を過ぎるまで続いた。
…というわけで、私の29-30は最悪だった。
これらの経験をした時
「こんだけ辛い思いしたんだから
相当デカイ幸せがやってくるハズだ!」
と、思ったものだったけれど
5年が経った今現在、まだそのようなデカイ波は
来てないんだよねぇ~。
…不払いですかっ!
でもあの時に比べれば、今は幸せ。
あの時に比べれば…ですけど
後遺症も残ってるけど…
でもあの時に比べたら…
幸せですよ、パパ。