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「私」と「子犬」が出会った直後...

  実話がベースです。

 

 

 

★  ★  ★

 

 

 

 

床下に逃げ込んでしまったみすぼらしい子犬。

慌てて前脚の先っぽをキャッチした。

 

 

すごい力で踏ん張って、びくともしない。

動かない...!

 

 

すかさず、父が「ドン!ドンッ!」と床を踏み鳴らした。

 

 

「やめてよ!」

 

 

「脅かせば出て来るだろ。」

 

 

「かわいそうでしょ!」

 

 

もう。子犬はずっと奥にもぐり込んでしまったじゃないか。

 

 

 

 

覗き込んでみると、おびえて目を見開いている。

小さな体がドクンドクンと大きく波打って、その振動で体が揺れる。

こんな震え方、見たことがない。

 

 

床下は低くて、私の体は入らなかった。

できるだけ遠くに手を突っ込んでも、子犬には届かない。

 

 

あぐらをかいて座り込んだ私に

 

 

「これでどうだ?」

 

 

父が長い曲尺を渡してきた。

金属の定規で掻き出せ、というのだ。

 

 

「あのさぁ...お父さんには、、、優しさがない!」

 

 

憮然とする父を放っておいて

私は柄の長いほうきを持って来た。

 

 

「ちょっと、ごめんよ〜。」

 

 

ほうきの先で子犬をゆっくりと動かそうとするが

床にピッタリと貼り付いたように、動かない。

 

 

(困ったなあ...)

 

 

あぐらに腕組みで、しばし考える。

 

 

(そうだ!)

 

 

「ミルクでおびき出してみる!」

 

 

2階のキッチンへ駆け上がる私の背中に

母が「少しあっためてあげるといいわよ〜。」と声をかけてきた。

 

 

冷蔵庫からミルクを小鍋に移し

弱火でほんの少し温めて

速攻で制服からジャージに着替え

小皿にとったミルクを片手に階段を駆け下りる。

 

 

さあ、これでどうだ。

床下の入口から子犬の方にミルクの皿を押し込んだ。

 

 

2、3歩ズズッと這っては止まり、またズズッと這っては止まる。

相当警戒心が強いのか、時間をかけて、やっとミルク皿に到着した。

 

 

クンクン、クンクン、と慎重にミルクを嗅いでいる。

小さな舌がミルクをなめようとするのを見計らって、そっと皿を手前に引いた。

 

 

 

(つられて出てくるよね。)

 

 

 

ところが、子犬はピタッと動きを止め、また地面にへばりついてしまった。

 

 

 

(え?どうして?)

 

 

 

鼻はヒクヒクと動き、ミルクに反応している。

もう一度、皿を子犬の方へ押しやったけど、動かない。

 

 

 

 

 

 

おかしい。どうして?

 

 

 

「この子、お腹空いてないのかな?」

 

 

 

「そんなことないわ。新しい家に早く慣れるように

ゴハンはそちらであげてください、って言われたわよ。」

おかしいわねえ、と母も不思議そうだ。

 

 

 

お腹が空いてるのに

子犬が自分の意志でミルクを我慢する?

そんなことってある?

 

 

 

この子、何か変だ。

 

 

 

床下の暗闇に身をひそめる子犬から

差し止められたものはいただくまい、という

「意地」のようなものを私は感じるのだった。

 

 

 

(つづく)

 

 

Ra Suumi(ラー・スーミ)