私は、学生時代、英語の成績が悪かった。
それは、もう、驚くほど悪かった。
しかし、前の会社で英語でのミーティング等があったりして、どうにかこうにか聞くことが出来るようになった。
ただし、ものすごい集中力を要する。
なぜなら、こんな作業が脳内で行われるからだ。
耳から英語 → 脳に英語 → 脳で日本語変換
まして、会話だったら、
耳から英語 → 脳に英語 → 脳で日本語変換 → 日本語で考える → 脳で英語変換 → 口から英語
脳が、疲れます。
英語を流暢に話す友人は、英語で聞いたら英語で考えて英語で答えると言います。
私には無理です。
私には、慣れ親しんだ日本語変換が必要です。
私の脳内には、かなり英語の怪しい通訳が住んでいます。彼女が頑張ります。
一分以内のスピーチやヒヤリングくらいなら記憶して、脳で日本語変換しますが、それ以上の長さになると、なぜか日本語変換でなく、子守唄変換されます。
そして、眠る。
最近は、映画とかでなら相手の身振りもあるし、なんとなくわかるようになりました。
でも、字幕大好きです。吹き替え嫌いです。やはり、その映画が作られた国の言葉で聞きたいです。
今も十分アホですが、小学生の私はもっとアホだった。
ローマ字を習った時、これでローマの人と手紙のやり取りが出来ると思った。
『Watasi ha nihonjin desu』
思いっきり日本語だよ!
でも、これで、ローマの人には通じると思っていた。
そして、さらにアホだったので、ローマ人を征服して、ローマ帝国再び!!私が皇帝に!!!と思っていた。
救いようのないアホな小学生は、今もアルファベットと外来語が苦手です。