昨年の12月30日、石橋蛍のグループ卒業が発表された。

 

 

 

 

本人が「まだ時間がかかるんだろうと感じます。」とコメントしている様に、長い時間を掛ければ、もしかしたら復帰は出来たのかもしれない。

 

しかし、移り変わりの激しい芸能界、来年以降もグループが存続してる保証はどこにもないし、療養明けの彼女を受け入れるメンバーの負担なども考えれば、卒業という決断は致し方ないところだろう。

 

 

 

そして、12月31日には、最後のブログが更新された。

 

 

 

 

「自分に自信がない」

 

そう言って、アイドルという舞台に上がった1人の少女は、確かな「自信」を手にして舞台を去る。

 

この卒業は不本意だったかもしれないが、彼女は自身の物語を綺麗に締め括ってみせた。

 

決して、病気によって辞めさせられるわけではない。

 

自らの意思で、自信を持って、卒業を決めたのだろう。

 

 

 

 

 

・石橋蛍の危うさと、その魅力

 

蛍の活動休止が決まってから、このブログでは2回に渡って、考察記事を書いてきた。(

 

だが、蛍の危うさについては、それ以前から感じる事があった。

 

例えば、2017年10月に書いた、『夢梨のカラーチェンジ』という記事では、夢梨と蛍の人生観の違いについて触れている。

 

 

 

夢梨の人生観とは、言わば「何かを失う事で、何かを得る」というもの。(詳しくはこの記事を参照)

 

一方で、蛍の人生観は「何かを失う事なく、何かを得る」というものだ。

 

アイドルの夢、美術の夢、そして、家族との時間。

それらを一つも代償にする事なく、全てを手に入れようとしていた。

 

「二兎追うものは一兎も得ず」という、ことわざがあるが、彼女の場合は三兎も追っていた事になる。

 

過ぎた欲望は身を滅ぼす…そんな破滅的な未来が頭をよぎった事を今でも覚えている。

 

 

 

子供の頃は誰しもが、「自分は何者にもなれるし、何でも出来る」と考えるものだろう。

 

そんな蛍の人生観は傲慢であり、現実を甘く見た、幼稚な考えと言われても仕方ない。

 

では、「あの時に、美術の夢と家族の時間を諦めていたら良かったのか?」と言うと、それも違う様な気がしている。

 

何故なら、そうした子供の様な部分は、蛍の魅力でもあったはずだからだ。

 

子供の様に純粋で、子供の様に真面目で、子供の様にひたむきで。

そんな彼女であったからこそ、私達は感動し、魅了され、応援したくなったのではないだろうか。

 

もしも、美術の夢と家族の時間も諦めていたら、今も元気に活動していたのかもしれない。

だが、それと同時に蛍の中から、大事な何かも失われた事だろう。

 

美術の夢も家族の時間も大切にする人間だからこそ、蛍は蛍でありえたし、ファンも心から応援出来たのである。

 

 

 

 

 

・石橋蛍と星野源

 

蛍の代名詞と言えば、ほぼ毎日更新されていたブログが挙げられる。

 

私自身は熱心な蛍ファンというわけではないが、彼女のブログを読んでいて、いつも感心させられる事があった。

 

それは、目の前のファンだけではなく、目の前にいないファン…もっと言えば、未来に出会うファンに向けても、メッセージを発信し続けていた事だ。

 

 

 

例えば、活動休止前の最後の記事でも、こんな一文がある。

 

 

少しでも沢山の方に

知って頂けたら

見て頂けていたら嬉しいけど…

 

これからわいも、

沢山の方を知りたいなぁという

気持ちがあらます︎☺︎

 

これからライブ続いていくから

ぜひ来てほしいものです︎っ。

19/08/05

 

 

目の前にいるファンに感謝の言葉を述べるアイドルは多い。

 

現場に来れないファンを気遣えるアイドルもいる。

 

だが、これから出会うファンにまで、意識を向けられるアイドルはなかなかいない。

 

 

 

ここで少し話が変わるが、蛍も好きだった星野源の話を。

 

星野源についても、特に熱心なファンというわけではないのだが、彼の最新アルバム『POP VIRUS』を聴いた時に、感動してしまう事があった。

 

それはこのアルバムの最後に収録されている、「Hello Song」という曲にある。

 

 

 

 

この曲のサビで、彼はこう歌う。

 

 

いつかあなたに いつかあなたに

出会う未来 Hello Hello

 

いつかあの日を いつかあの日を

越える未来 Hello Hello

 

笑顔で会いましょう

 

 

そう、星野源もまた、これから出会うファンに向けて、語りかけている。

 

既に日本で絶大な人気と確固たる地位を築いた男が、それでも最後の最後にまだ、新たな出会いを求めている。

 

これを聴いた時、星野源は本気で日本中の、いや世界中の人間と出会い、繋がろうとしているのだなと実感し、その凄まじさに感動してしまったのだ。

 

 

 

これと同じ事が、蛍にも言えるだろう。

 

「武道館に行きます!」といった大言壮語な事は決して言わない、謙虚な人間ではあったが、その実は「絶対にファンを増やす」「グループを大きくする」という事を、誰よりも信じていたに違いない。

 

こうした信念もまた、子供の様に純粋な心を持つ彼女だからこそ、持ち得たのではないだろうか。

 

 

 

 

 

・最後に

 

最近のアイドル界を見ていると、文化の成熟と共に、アイドルの寿命も延びている様に感じる。

 

昨年は現役中に結婚を発表するアイドルもいたし、今後はアイドルを長く続ける事が1つのステイタスになるのかもしれない。

 

マラソン選手の様に長い距離を走り続けるアイドルは、確かに立派だ。

 

だが、その一方で、短い距離を全速力で駆け抜けるアイドルだって美しい。

 

いや、むしろ、それこそがアイドルの本来あるべき姿なのではないだろうか?

 

 

 

蛍の卒業発表を聞いてから、寂しい気持ちも勿論あったが、それ以上に「良いアイドルだったな~」と感慨にふける事が多かった。

 

毎日更新されていたブログが象徴する様に、これ程までに一日一日を全力で駆け抜けたアイドルを私は他に知らない。

 

その命を削るかの様な努力と献身が、彼女のアイドルとしての寿命を縮めてしまった部分もあるのだろう。

 

しかし、だからこそ彼女の思い出は、どれも切実で、掛け替えがなく、キラキラと光り輝いて見える。

 

 

 

“ホタル”という昆虫は成虫してから、わずか2週間でその命を終えるという。

 

儚い…一瞬の命の煌きであるからこそ、人間はそこに特別な価値や美を見出し、その光に惹かれてしまうのだろう。

 

“蛍”という同じ名を持つ彼女もまた、わずか3年間の活動を通して、忘れ難い、特別な輝きを私達に残してくれた。

 

病気になった事は恥じるべきではない。

それは真面目に懸命に生きた事の証でもあるのだから。

 

 

 

 

 

石橋蛍のアイドルとしての輝きを見る事は、もう叶わない。

 

これからは私達の心の中で輝き続けるのだろう。

 

いつか彼女の事を思い出す時、その光は私達の心を明るく照らし出す。

 

そして、こう思うはずだ。

 

 

 

「蛍に出会えて良かった」と。