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Malie o pu'uwai

自分の中に光があることを思い出そうと奮闘中のフリーランスのセラピストです。

こんばんは

続きです。



私の母は書道の先生になるのが夢でしたが、
家の事情で普通の会社員になりました。

3つ上の姉よりも私の方が書道のセンスがあったのか、冬休みに出される宿題の書き初めは何枚も書かされました

小学生の頃、県の書き初めコンクールで準特選を取った時も

「もう少し頑張ったら特選取れたかもしれない」

と書道をはじめ、頑張ったことに対して褒められたことはありませんでした。



『私、頑張ってないの?』

『いつまで頑張ったらいいの?』

『どこまで頑張ったらいいの?』

『私はもっと頑張らなきゃいけないんだ』

『もう頑張るの疲れた』


と、ずっと思っていました。

褒められた記憶がないので、私の自己評価はとても低いです。


姉はみんなと上手くやっているし、
先生や母から怒られるようなこともなく、
友達もたくさんいたので、いつも比べられていました。

姉と同じ高校に通っていましたが、
理数系の姉と、感覚だけで生きている文系の私。

 

「お姉さんは(数学)出来たのにな」

と先生からも比べられて、自己評価は下がる一方。

姉のことも好きになれませんでした。




みんなと同じ格好をして

同じ意見を持って

お姉ちゃんみたいにちゃんとしなきゃいけなくて

出来ない子だから頑張らなきゃいけなくて…




『私はこれが欲しい!』

『私はこれが好き!』

思っていても否定されて傷つきたくないから
口に出さない、
言いたいことがあっても我慢する、
『どうせわかってもらえないから』と
最初から諦めて話さない癖がつきました。


そんな私は、
通っていた高校には服が好きな友達がいなかったので、
電車で1時間かけて服屋さんに行ってお店の人とおしゃべりして
クラブのイベントに誘ってもらい
クラブで知り合った人と遊んで
ファッションショーにモデルで出させてもらったりと、学校以外で自分の居場所を見つけていきました。



ファッション関係の人と遊ぶこと以外の日は
毎日のように服のデザイン画を描いたり
気が向いたらお菓子を作ったり。
気が向いたらピアノを弾いて
洋服代を稼ぐためにバイトして
海に行ったり(何なら海でデザイン画描いてました)
図書館で本を読んだり。

傷つかないように 自分の世界に入っていました。

私が悪い方へいかずに済んだのは、
『ファッション』があったおかげです。

お菓子作りや読書など、好きなことがあって
逃げ道があったおかげです。

無関心な父と、否定する母。
その家の中で おじいちゃんだけは私の味方でいてくれたおかげです。



ただ、ファッションは好きだけど自分の容姿が嫌いで、自信もなかったこともあり、
人と違う服を選んでいました。

コンサバな服や女らしい服を着て可愛い子と並んだら確実に比べられると思っていたし、
デザイン性のある服の方が好きだったこともあり、当時流行り始めていたインディーズブランドを着ていました(髪型も当時の久保田利伸さんばりのツーブロックの時もありました)。


元々人と違う感性を持っていたのに、
嫌われないように、叩かれないように、はみ出さないように、無理矢理 型にはめていました。
(ツーブロックにした時は…何か振り切ったんでしょうね…)


息苦しいのは当たり前。

思っていることは言えないし、
『もう いつ死んでもいいや』と投げやりになるときもありました。

それでも人目を多少は気にしつつも好きな服を着ることでワクワクし、
ただただ 高校を卒業したらこの家を、田舎を出るんだと、それだけを心の支えに日々を過ごしていました。



続きます