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Malie o pu'uwai

自分の中に光があることを思い出そうと奮闘中のフリーランスのセラピストです。

こんにちは


続きです。


2012年1月。
エステの会社で研修が始まり
2月に入って手が、指が痛くなってきました…

配属前にまた病院でリウマチの検査。
相変わらず数値は出ません。

配属後は先輩と練習しますが、
どんどん手が痛くなり、手に体重が乗せられない状態…


店長と人事の人と話して、
もうエステティシャンとしての勤務は出来ないのでレセプションに職種変更してもらいました。

技術者でいられなくなることが本当に嫌でしたが、この会社を辞めても技術者としての転職は今は無理。


配属になった店舗はレセプショ二ストは足りていたので、別の店舗に異動になりました。


異動先のレセプションは大型店で、
硬いタイルの上にヒールで立ちっぱなし。


そしてその頃は夜になると手のひらに引き攣るような痛みで泣き叫ぶほど。

眠れない中、朝起きると手は強張って動かない。
ペットボトルの蓋が開けられない(特にクリ◯タルガイザーは開けられなかったです)

紙一枚も落とすくらい握力も無くなってました。

慣れない仕事と環境と、夜は痛みで眠れない。
電車で座っていても10分も経たないうちに手がダルく痛くなる。




母に、

「東京には良い病院がたくさんあるだろうけど、お母さんが知ってる鍼とか東洋医学もやってる良い病院があるから、リフレッシュがてら帰って来ない?」

と言われ、一度帰ることにしました。


その頃は怠くて座っていることすら出来ず、
横になってやっと生きてるような状態でした。

地元に帰って、迎えに来てくれた母の車の後部座席でも座っていられず 横になっていました。


母に連れられ、大正ロマン風な東洋医学もやってるおじいちゃん先生のいる整形外科へ。

これまでの経過を話したら、
何の検査もせずに

「リウマチだね」

って さらっと言われました。

その場で私も母も泣き、
その時に私は結婚も出産も一度諦めました。

病気を持ってるなんて相手に申し訳ないから。
子供にリウマチが遺伝したら申し訳ないから。



診察の後、鍼とお灸をして
2種類の漢方を処方され、
月に一度は帰って鍼とお灸をするように、
漢方は母が病院に取りに来て送ってもらえるようにしました。

おじいちゃん先生からは

*東京で生物製剤を上手く使える病院を探すこと
*四つ脚動物は食べないこと
*ストレスをかけないこと

「ストレスは痛みを悪化させるから、あなたが笑顔で過ごせますように」

と言われました。
(笑って過ごせるワケがない《心の声》)



検査で数値が出なくても症状が出る人もいるし、数値が出ても症状が出ない人もいるとのこと。


「私が変わってあげたい」と泣く母に、

「泣きたいのは私の方だから

とケンカして、3ヶ月目にして地元に帰るのを止めました


チーン…



続きます