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Malie o pu'uwai

自分の中に光があることを思い出そうと奮闘中のフリーランスのセラピストです。

こんばんはスマイルくん

 

 

仕事に復帰してからは、ありがたいことに毎日予約が埋まっていました。

(それはそれはみっちりと。。。)

 

 

寂しがったり、落ち込んだりする暇がないくらいの勢いです。

 

 

 

 

10月の姉の四十九日。

 

早朝に湘南を出て新幹線に乗り、バスで実家まで帰って来ました。

 

 

無事納骨も終わりましたが、私はこの日 母と話すことも 目を合わせることもなく、15時前のバスで帰ろうとしていましたが、

この日も私のことを姉の名前で呼ぶ母に、

 

『だから私はお姉ちゃんじゃない!!

 

と、バスの時間までの約15分間 実家にいることも嫌になり、

何も言わずに家を出て、時間潰しのために先のバス停まで歩くことにしました。

 

 

途中、家を出た私に気づいた母から着信。

 

無視してひたすら歩いていると、車で追いかけて来ました。

 

声をかけられましたが、無視。

 

母はすぐに諦め、帰って行きました。

 

 

バス停に着いて母にメール。

 

 

私の方が生きていてごめんね。

 

姉が亡くなって、自分の存在の無意味さに気づいたこと。

 

小さい頃の怖かった父の記憶。

 

手が動かなくなって、胸にしこりが見つかったときのひとりで耐えた恐怖と絶望感。

 

何度も母に言われた「ゆきこが何を考えているのかわからない」という言葉。

 

母の誕生日にあげたパジャマを姉に着せて火葬したこと。

(おそらく姉に良い物を着せてあげたくてのことだと思うけど、事前に話してくれたら別に良かったのに、『私の思いを燃やすんだ』と悲しかったんです。姉は身体の上に生きている時に着ることがなかったウェディングドレスも乗せてもらって旅立ちました)

 

そして 実家で感じた自分の居場所の無さ。

 

 

 

 

 

姉が闘病中は家族がやっとひとつになった気がしたけど、

姉がいなくなった今、表面だけで取り繕っているのはもう無理。

 

 

お姉ちゃん、やっぱりうちは普通の家族にはなれなかったよ。

 

 

と、ある種の諦めの中 戻って来ました。

 

 

 

 

 

後日、母から手紙が。

 

 

 

謝ってはいるけど、

 

『お母さんもいっぱい我慢して来た』

 

『だから私は悪くない』

 

 という言葉が見え隠れする。

 

 

 

 

私はただ、

 

「ごめんね、辛かったね。寂しい思いをさせてたね」

 

って言ってほしかっただけ。

 

もう何を言ってもダメだ。

そう思いました。

 

 (今思うと、私も母に私の寂しさをわかって欲しかったということがわかります。ただこれも 後に自分でしか癒せないということがわかります)



 

四十九日から約2週間後のある日、安藤忠雄展を観に国立新美術館へ。

 

 

 

 

 

光の教会が美し過ぎて涙。

 

美術館好きな母にこの写真を送りました。

 

 

 

 

が、帰って来たメールは

 

「変な写真送らないで!」

 

でした。

 

 

もしかしたら姉が亡くなったばかりだから、この十字架が母にとっては不吉なものに見えたのかもしれない。

 

私は純粋に、この美しい光を見せたかっただけなのに。

 

 

 

けど、この時に

 

『こんなに感じ方が違うのか。もうわかり合うことはないのかもな』

 

 

と思い、それ以降 母に連絡をすることも、母から連絡がくることもありませんでした。

 

 

 

 

姉のことを思い出さない日は1日もないけど、

予約が埋まる毎日を、ありがたく、そして必死に駆け抜けていきました。

 

 

 

忙しかった9・10・11・12月。

年明けは少し落ち着くからと、有休を取る先輩と、勤務時間を減らされるパートの方がいたので、結局 1月の私の忙しさは変わらず・・・

 

 

ものすごく働いた5ヶ月が過ぎ、疲れが溜まっていたのか2月頭に人生2度目のインフルエンザになりました照れる

 

 

姉のことで有休を使ってしまっていたこと、

診察代、来月のインセンティブのことなど、何もできないベッドの中でお金の心配をしていました。

 

 

 

その悶々とした時に思い出した自分の月星座。

 

 

 

私の月星座は獅子座

 

 

月星座 獅子座の特徴は、

 

 

『光り輝く太陽のような人』

 

『趣味や遊びが仕事になる』

 

 

私、マッサージするの好きなんだけど、

上手く稼げないってことは、やっぱり会社員でいる以上無理なのかなはてな

 

ということはやっぱり独立しかないのかなはてな

 

今まで行った占いやヒーラーの方 3人から『あなたは将来独立します』って言われたもんね。

 

(私はマッサージが好きなだけで、独立したら経営のことを考えなきゃいけないから、マッサージに集中できる会社員でいればいいと、独立は考えたことはありませんでした。『海外留学した化粧品会社の時のスタッフも、沖縄に行ったSさんも自由になったけど、私は会社員出来るもんね』とずっと思っていました)

 

 

独立か。。。五月女風18

 

とインフル中のベッドの中で考えていました。

 

 

 

 

 

私が月星座のことを知ったのはかなり前になります。

 

 

自分の本当に好きなことはなんだろう。

 

何をしているときが一番楽しいんだろう。

 

 

と、2017年の年末から 子供の頃好きだったこと、夢中になったことを再度やってみていました。

 

まずはお菓子作り生クリーム

 

料理なべ

 

絵を描くこと鉛筆

 

書道筆

 

写真を撮るカメラ

 

 

色々試して、それぞれ楽しいけど、

 

インフルエンザ後、出勤して入ったマッサージがそれはそれは楽しくて、きっとマッサージしながらにやけてたと思う顔

 

 

そして何回か指名をしてくださっていたお客様が3月9日に当日予約でご来館。

 

 

いろんな話をしてしている中で、

 

「今 子供の頃好きだったことをやってみてるんですよね。割と器用なので何でもできるけど 何かひとつ『コレっ』っていう極めたものがないことがコンプレックスなんです」

 

 

と話すと、

 

 

「何でもできるってすごいじゃないですか!!何でひとつに決めなきゃいけないんですかはてな

 

 

と仰ってくださり、

 

『そうか!!別にひとつじゃなくてもいいのか!!

 

と とても気が楽になりました。

 

 

 

そしてその日、そのお客様から

 

「この人の動画観た方がいいですよ」

 

と教えてもらった人を早速その日のうちに検索したら、ブログも出て来たので、まずはその人のブログを最初から読み始めました。

*昨年末、そのブログはご本人が削除していました。

 

(私の性格上、いろんなものをすっ飛ばして動画を見てみるのがずるい気がして、ご丁寧にブログも最初から読みました。が、結果、最初から読んだからこそ全部腑に落ちたし、上手く進めることができました。生真面目な私、万歳バンザイ)

 

 

 

 

2018年3月9日。

 

ここから私の引き寄せが始まりました。

 

 

 

続きます