公演は今年で3年目。坂本冬美(43)、松本伊代(45)、早見優(44)ら13組のアーティストが出演した。司会も務めた早見は、本田さんのヒット曲「Oneway Generation」を松本とデュエットし「美奈子ちゃんも一緒に歌ってくれているかな」としみじみ。6日にCD&DVDボックス「本田美奈子.コンプリート・クラシカル・イヤーズ」が発売される。
本田 美奈子.(ほんだ みなこ、1967年(昭和42年)7月31日 - 2005年(平成17年)11月6日)は、日本の歌手、女優である。2004年に本田 美奈子から画数が31画となるよう名前の後に「.」をつける(読み方は変わらず)。本名は工藤 美奈子(くどう みなこ)。 身長:162cm、体重:43kg、B:74cm、W:56cm、H:76cm。
アイドル歌手で、1990年代以降は主にミュージカルで活動した。2000年代に入ってからはクラシックとのクロスオーバーに挑戦する。
2004年(平成16年)年末頃から風邪に似た症状や微熱が続いた。本田は翌2005年(平成17年)1月12日、急性骨髄性白血病と診断を受けて緊急入院、その翌日にはその事実が公表された[2]。
その後、2度に渡る化学療法を受けるも、寛解(癌細胞が十分に減った状態)は得られなかった[2]。治療として骨髄移植が考慮されたものの、骨髄バンクではドナーが見つからず、同年5月、臍帯血移植を受けた[2]。同7月末には一時退院したが病気の再発が認められ、同年9月初旬に再入院し、輸入新薬による抗癌剤治療を受けた[2]。翌月には再度一時退院、その間には白血病患者支援のためのNPO法人 『Live for Life 』が設立されたが、同月末には再入院となった。その後肺への合併症から容態が急変し、同年11月6日午前4時38分、家族らの見守るなか、死亡に至った。
法名は、『釋 優聲(しゃく ゆうしょう)』と命名された。
歌に捧げた人生
デビュー当初は「二十歳までに結婚したい」と語っていたこともあるが、実際には生涯独身を通した。いつの頃からか結婚への願望をふっ切るようになったようである。本田に妹のようにかわいがられていた高杉の娘、河村和奈は「私は歌と結婚したから今生では結婚できないの」とうれしそうに話していたと証言している
本田美奈子さん肉声メッセージと生涯最後のコンサートは、ナースステーションでの 「A mazing Grace」です。
今日も読んで頂いて、ありがとうございました、美奈子さん、ご冥福をお祈りいたします。
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