夫と広島へ帰省した。
実家には誰も住んでいなくて、妹たちがお墓参りに帰省した時
休憩するぐらいで、2019年秋に祖母が亡くなった時泊まって以来
誰も泊まっていなかった。
古民家ではあるが目につくところは一応片付いており
よくYouTubeに出るようなゴミ屋敷ではない。
それでも生活をしていない家は汚れが蓄積しているので
覚悟して帰った。
特急はるかと新幹線を乗り継ぎ、お昼前に広島駅到着。
まずはむさしで腹ごしらえ。
本当はお好み焼きが食べたかった。
しかし駅ビルにあるお好み焼きのお店はどこも大行列だった。
お寿司にしようと夫に言うと「俺はむさしがいい!」と
むさしファンの夫が譲らなかった。
外食でうどんなんておばちゃんの辞書にはないんだけど。
それでもむさしは美味しい。
8月になるとこの駅ビルの2階に広電のチンチン電車が入って来る。
楽しみなのでとりあえず見学。
呉駅まで電車に乗りレンタカーを借りて島に向かった。
もやっていても幻想的できれい。
家に着くとすぐガス給湯器の工事屋さんがやって来た。
座っている訳にも行かずキッチンの片づけに突入。
夫は家じゅう拭き掃除を始めた。
翌日はいいお天気でお墓参りに行った。
墓地から見えるこの景色がとても好きだ。
スーパーに寄ると、知り合いのおばちゃんにばったり遭遇。
子どもの頃からずっと可愛がってくださる大好きなおばちゃんで
「すぐにうちに来て!絶対来て!!」と腕を掴みながら
おっしゃった。
いただいたのは、ニシ貝の炊いたものとキャラ蕗の佃煮と
甘夏のマーマレード
どれもおばちゃんの愛情と手間がたっぷり詰まっている。
ありがたいな。嬉しいな。
2日めも不用品をまとめたり拭き掃除をしたりで夫とふたり黙々と頑張った。
6人家族で食べることが大好きで来客も多かった我が家には
食堂を経営できるくらいの鍋釜や食器や調理器具がある。
田舎の家には物置がたっぷりあるので古いものを処分せず
仕舞いっぱなしだ。
一切お宝などないので全捨ての勢いでゴミ袋にまとめた。
食器まではたどりつかなかったが2日間の片づけで
45リットルのゴミ袋が12袋満杯になった。
3日め。
もう片付けはしない。体力が残っていない。
3日前に足を骨折した隣のお兄ちゃんのお見舞いに行こう。
途中に上蒲刈島のかつらで昼食。
海を眺めながら美味しいお魚料理を食べた。
瀬戸内海の蛸は今あまり獲れなくて何年も食べていない。
夫が「昔、俺が島に行くと必ずお母さんが用意してくれてた蛸の味だー!」と感動していた。
味の濃さが別物で、明石の蛸よりも美味しいとおばちゃんは思う。
病院到着。
お兄ちゃんはがっちり足をギプスで固定していたが
とても元気で少し安心した。
お兄ちゃんは定年後、実家で遊びながら庭の手入れをしたり
柑橘類を作ったりしている。
これから夫が時々島に帰って釣りをしたりのんびりしたりで
お世話になることを話したらとても喜んでくれ、張り切っていた。
過疎の田舎にはご高齢の方しかいないので、飲み仲間釣り仲間として
大歓迎ムードだった。
私たちが帰省する前にエアコンを取り換え工事する手配をしてくれ、
ガス給湯器の取り換え工事も段取り済みだった。
3日前の夜、お友達が泊りがけで遊びに来てビールを飲み、
何故か暗い庭の池にメダカを見に行きハマって骨折した。
ギャグ漫画のような出来事だ。
広駅まで迎えに来てくれることになっていたので
「骨折した~。」と電話があった時にはいきさつを聞いて
少し可笑しかったが心配していた。
良くなったらまた島に帰ると言うので、厳しいリハビリを頑張って欲しい。
夫も「お兄ちゃんがいないと寂しいから、リハビリ頑張ってください。
また一緒にビール飲まなあかん。」とはっぱをかけていた。
4日め最終日。
何とか普通に生活できるレベルに家は片付いた。
キッチンは過去にないくらいすっきりしてピカピカだ。
廊下も階段も部屋も全て夫が拭き掃除した。
これでいつ帰っても快適に過ごせる。
気分よく大阪へ帰ろう。
安芸灘とびしま海道の橋を4つ渡って本土へ。
誰もいない静かで穏やかな海。
レンタカーを返し広島駅へ。
念願のお好み焼きを食べた。
大好きな麗ちゃん。
あまりにも疲れて新幹線に乗ったらあっという間に大阪だった。
7月、夫はひとりで島に行くと言う。
おばちゃんは当分いいかな。