六甲の麓、40代からの始動

始まりは、コロナ禍の閉塞感の中で始めた、ささやかな散歩からでした。

私の自宅は六甲山系の麓にあります。運動不足を解消するために歩き始め、坂を登りきった瞬間に広がる阪神地域の街並みと海。その見晴らしの良さに、理屈抜きの感動を覚えたことが大きな原動力となりました。

もともと、NHKの『グレートレース』や登山の番組を見るのが好きだったこともあり、歩みは自然と散歩から小走りへ、そして登山へと変わっていきました。画面の向こう側の世界だった「トレイルランニング」という領域に、自分も足を踏み入れてみたい。次第にそう思うようになり、私は山を走り始めたのです。

ひとまずの目標に据えたのは、六甲全山縦走の完走。しかし、山を走り抜けるためには、それなりの基礎走力が不可欠です。こうして40代にして初めて、ロードのランニングにも本気で取り組むことになりました。

 

独学の成功体験と、見え始めた「壁」

2021年から走り始め、最初の約2年間は、試行錯誤の連続でした。

ネットの情報やランニング雑誌を頼りに、見よう見真似でひとりで走る日々。試行錯誤を繰り返しながらも、当初の目標であった六甲縦走の完走、そして初フルマラソンでのサブ4を達成することができました。

しかし、さらなるレベルアップを目指そうとした時、これまでのがむしゃらな努力だけでは通用しない限界を感じ始めたのです。

走行距離を闇雲に伸ばすだけでは怪我のリスクが高まり、ただ山に登るだけではタイムは縮まらない。『グレートレース』のランナーほどではなくとも、もっと爽やかに、格好良く、長い距離を走りたい。そのためには、今の自分に何が足りないのかを客観的に把握し、計画的かつ戦略的な練習が必要だと感じました。

テクノロジーによる戦略的ランニングへの転換

そこで活用したのが、ランニングウォッチが示すデータです。

これまで何となく眺めていた、心拍数やペース、負荷といった目に見えない指標を、科学的な数値として読み解くようになりました。

さらに、生成AIの進化がそのデータの分析を手助けしてくれます。

かつてはコーチがいなければ難しかった練習プランの策定や、練習結果の多角的な分析も、今ではAIを相談相手にすることで、より精密に行える。蓄積されたログは、単なる数字の羅列から「再現性のあるノウハウ」へと変わり始めたのです。

 

走ることを、エンジニアリングする

このプロセスを経る中で、一つの気づきを得ました。

レベルアップのためにデータを分析し、仮説を立て、実践する。現代のテクノロジーのもとで走りを磨いていくプロセスは、「エンジニアリング」にも通じるものがあります。

過去の記録を「資産」に変える

テクノロジーの恩恵は、未来の計画だけでなく、過去の見つめ直しにも及びます。

体当たりで取り組んでいた初期から現在に至るまで、膨大なランニングログが今も眠っています。生成AIによって執筆やデータ整理のハードルが下がった今、これらを掘り起こし、記事として書き起こすことも容易になりました。

過去の自分がどこでつまずき、どう乗り越えたのか。その試行錯誤の記録を再構築することは、これから同じフェーズを迎えるランナーにとっての道標にもなるはずです。

 

情報が循環するAIの時代

エンジニアとしての経験を通じて、社会全体の情報のあり方が変わりつつあると感じています。

個人の持つ小さな知見やノウハウが、手軽に記録され、公開される。それがAIによって整理され、必要な誰かのもとへ届く。そして、また新たな価値を生み出していく。

AIを介して情報の循環が加速する時代になっていく予感があります。

このブログの目的

このブログでは、現代のテクノロジーを活用して「山と道を走る」日常をログに残します。

40代で走り始めた、平日はフルタイムで働く市民ランナーが、ランニングの走力アップと目標達成を目指して試行錯誤する過程。その記録が、同じような境遇にあるランナーの糧になれば幸いです。

 


レース当日の朝

2月22日。六甲の麓を出発する早朝の空気はまだ冷たいものの、空は快晴で、日中は気温が上がりそうな雰囲気がありました。

今シーズンのメインレースと位置づけていた、大阪マラソン2026。過去に何度かエントリーしては落選していましたが、今回初めて出場機会を得ました。

結果は以下の通りです。

  • グロスタイム:3:26:30
  • ネットタイム:3:24:43

今回はレース中に起きた出来事を振り返りながら記録に残します。

スタート地点での誤算

5時半に起床。柔軟と軽い筋トレ、プロテインといういつものルーティーンをこなしました。白ご飯と納豆で朝食をとり、6時半に自宅を出発。

梅田駅で一度トイレを済ませ、7時半に大阪城公園の会場へ入りました。天候が良かったため、着替えは屋外で済ませました。8時半にBブロックのスタート地点に並びます。

ここで判断の誤りがありました。

防寒用のゴミ袋を被っていても、朝の冷え込みと待ち時間の長さで、徐々に尿意が強まっていきました。途中のトイレは大行列だったため、「耐えられるだろう」とパスしてしまったのです。結果的に、スタート時には限界に近い状態になっていました。普段なら行列に並んででも済ませるものを、過信してしまいました。

序盤(スタート〜10km)

設定ペースは4:40/km。最初の2kmは渋滞の影響で4:50/km前後となりましたが、解消後は4:30/km台まで上がる場面も。後半を見据え、意識的にセーブを繰り返しました。

しかし、6km過ぎの天神橋手前で、コース脇のトイレへ寄ることにしました。約1分のタイムロス。ゴールまで持たせるのは不可能であり、精神的な負担を早めに排除するための対処でした。

中盤(10km〜30km)

コースが御堂筋に入ると、視界が開け、走りやすさを感じました。しかし、同時に日差しの強さと気温の上昇を感じ始めます。

ここからは、10kmごとの「アミノバイタル」と、その間の5kmごとの塩分タブレット補給に加え、給水所で水分を摂り、余った水は頭から被って冷却を図ることを繰り返しました。調子が良く、4:30/km程度で流れに乗れていましたが、大正橋を過ぎた最初の折り返し地点で、予想よりも早く疲労の兆候が現れ始めました。

20kmから30kmにかけてのなにわ筋は、体力を消耗する区間となりました。道幅が狭まり、周囲のランナーとの距離が近くなります。それに伴う細かな加減速が、疲労の一因になったと思われます。折り返しまでの直線が予想以上に長く感じられました。

終盤(30km〜ゴール)

32km付近、松屋町筋へ右折すると、行く手にはこのコースの難所とされる上り坂が待っていました。ペースは落ちましたが、歩かずに足を動かし続けました。途中、足を止めているランナーの姿も目に入りましたが、自分のリズムを崩さないよう意識しました。

30km以降は、疲労によるいわゆる「壁」を感じ始めました。大幅な失速を防ぐため、ペース維持に努めます。暑さのピークの中、頭から水をかけ続けることで、足が止まるのを防ぎました。走りながらの給水と散水の両立が難しく、ほぼ立ち止まる形になりました。補給動作の効率化は今後の課題です。

35km手前の勝山通からペースアップを図る計画でしたが、失速への不安から、現状のペースを維持することに集中せざるを得ませんでした。41km地点のアンダーパス後の上り坂を警戒しすぎたこともあり、最後の数kmで腕を振ってスパートをかける意識は回りませんでした。アンダーパスを抜けてから僅かにペースを上げましたが、タイムの向上には繋がりませんでした。

レース後(ゴール後~帰宅)

フィニッシュ後、タオルとメダルを受け取り、手荷物を回収しました。タイム的にもまだ混雑前で、スムーズに移動できました。公園内の木陰で素早く着替え、プロテインバーで補給を済ませます。

会場出口で配られていたパンとノンアルコールビールを受け取り、読売新聞の号外を手にして帰路につきました。駅の乗り換え時、特典の交換券を使用して「551の肉まん」を手に入れ、夜はマラソンのご褒美としてビールと共に味わいました。

レース後の振り返り

今回はサロモンのノンスリーブシャツを選択しましたが、気温上昇を考慮すれば正解でした。スタート前の冷え込み対策で着用した手袋やアームカバーは、10km手前で外して以降は出番がありませんでした。

反省点として、スパッツを直穿きしたため股周りに擦れが生じたこと、右足で踏ん張りすぎる癖により黒爪ができたことが挙げられます。インナーの着用と、フォームの改善が必要です。

シューズは今シーズンを通して履き込んだ「Magic Speed 4」。コントロール性も良く、来シーズンも継続して使用する予定です。

 

来シーズンへ向けて

過信による序盤のロス、予想以上の暑さ、そして終盤のペース維持。

今回の大阪マラソンは、思い通りにいかない中でどうリカバリーするかという、試行錯誤の連続でした。

季節は少しずつ春に向かっています。

ロードレースのシーズンはいったん区切りをつけ、これからの数ヶ月は、再び六甲のトレイルへ足を向けるつもりです。山で脚力と心肺機能を鍛え直し、秋にはまたロードレースに参加したいと考えています。

まずは3時間20分切りを目標に準備を進めていきます。

今回は私の感想を中心にまとめました。

収集したランニングデータに基づく客観的な分析は、次回また記事にしたいと思います。