冬。

寒さというよりも、鋭利な痛さで満たされている今日この頃。
そんな中をいつも通り仕事をするべく歩いているのはフランと灯夜である。

と言っても、相手側の場所は割れているのでいつものように情報収集から、というわけではない。
つまり、行く宛てはしっかりとある。



ツイスターのアジト、というよりもギルドの本部はフィンブルが位置している北の国よりも、もっと北にある極北の大都市『ノースエンド』にある。
その名の通り、北の果てにある大都市で、漁業や農業が盛んに行われている。しかし中心部に行くと、先進的で、機械に覆われた部分がほとんどになる。

そんな、昔ながらの温かい雰囲気と、最先端の冷たい雰囲気が見事に融合していることもあり、近年観光地としても話題になっている。
その半面、多くの犯罪が横行している。そのほとんどは機械などを使ったサイバー犯罪なのだが。

「にしても、相変わらず痛いなこの街は」

フランにヒロと呼ばれていた男はその、北の果ての街を闊歩していた。
彼はフラン達よりも先に北の果ての街に到着していた。
そして、着いた途端に「お前はフィンブルのヒロだな!」やら「殺してやる!」などとツイスターの一員と思わしき連中に絡まれていた。

ヒロ自身、無駄な血を流させまい、と思い優しさと気遣いで「やめとけ」と言ってはみたものの、挑発と取られたようで思い切り鉄パイプで殴られていたのだ。
それに対し、平然としていられる彼も少し身体の構造がおかしいような気がするのではあるが。

「減らず口を!お前ら!やっちまえ!」

一人の男の声を合図にツイスターのメンバー達は鉄のこん棒を振り上げる。
ヒロはやれやれ……と溜め息をついて、

「お前らみたいな命知らずの若造は嫌いじゃないガ、知らなさすぎるゼ?」

その一言と共に、ドゴォ!と凄まじい悲鳴を上げ鉄パイプが拉げてしまった。
ヒロの拳に籠手の様な装備は全く無い。素手だ。

それを見たメンバー達は一体何が何だか、頭で理解することができなかった。
しかし、その異様な光景の異変すぎる物体変化の異常性は、身体が理解していた。





とても簡単な答えだった。
シンプルすぎて、現実味すら帯びていないような答えだ。
たった一文字で形容できてしまう光景は、単純明快に見えて、物凄く複雑怪奇な減少だった。

「あ、ありえねぇ……」

メンバーの一人が呟いた。
目の前の異常さは誰が見てもわかる、理解できる。
しかし、それと同時に恐怖で威圧される。その威圧を撥ね退けてまで、放った一言。

そんな呟きを気にする様子もなく、ヒロは怒りを露わにし始める。
それは威圧を通り越し、既に言葉で表せない物になっていた。

「お前ら古墳って知ってるカ?古墳ってのはなァ、墓じゃねぇんダ。牢獄なんだヨ」

ギクりと。
メンバー達は今まで以上に禍々しい雰囲気を感じ取っていた。
それは、ヒロという、たった一人から滲み出る狂気と殺意だった。

「古墳ってのはよォ、一度はいるとずっとその中で幽閉されんダ。永遠にナ。まァ、そんなことは知らねェし、知りたくもねェ。」

ユラリユラリと、狂気を満ちた男は近づいてくる。
その威圧感を受け、メンバー達は動くことすらできない。
ただただ、自分達の死んだ姿が頭を過っていた。

「だからよォ、とりあえずお前らがそこへ行っテ、自分自身で知ってこいヤァア!!!」


グシャリ


こんな音で形容できるだろうか、人の頭がつぶれる音は。

或いは


メキメキ、メリメリ


だろうか。
どちらでも構わない。
どれにせよ、今の音は言葉では表現できない。

それほど、禍々しい異様な音が、冬の痛さが蔓延る暗い路地に響き渡った。
歪んで、歪で歪んだ音が。



フランと灯夜はいまだにノースエンドに到着していなかった。
二人とも北の砂漠を歩き続けていた。
北の砂漠は昼夜関係なく、気温が低いことで知られている。
大陸には中央砂漠と呼ばれる大きな砂漠がある。此処は砂漠らしい砂漠で、昼は熱く、夜は寒い。
昼間はだいたい50℃ほどになるが、夜は15℃ほどまで下がる。
しかし、この北の砂漠は昼は歴史上最高で14℃、夜は-27℃まで達した。

それほどまでに異様な気候を持つこの過酷な北の砂漠には、生物はほとんど生息しておらず、わずかに草木があるだけだった。

「にしても、やっぱり遠いっすね。灯夜サン、あとどれくらいっすか?」

フランは砂漠に似合わぬ重装備で闊歩していた。
フランは極度の寒がりで、20℃以下になると外に出たくないなどと言い始めるような奴だが、寒いのが好きという変わった奴でもある。

「えっと……あと数十分歩けばつくと……思う」

灯夜はいつも通り、物静かな口調で淡々とフランの質問に答える。
事実、数キロ先にはノースエンドの象徴である冷たいビル群が聳え立っている。

「じゃあ、走「やだ」そうすか……」

フランのそわそわした気持ちを完璧に否定する灯夜。
フランははぁ……と白い溜め息をついて先ほどと同じようにトボトボと歩き始めた。

「ヒロサンはもうノースエンドについてるんすかね?」

「多分……捜査班は追跡されないように、特定されないように車とか飛行船使っちゃいけないのは分かってるけど……流石に辛いよね……」

灯夜は自身の本音を曝け出していた。
更に、その本音はヒロへの愚痴へと昇華する。

「その点ヒロはいつもいつもいつも情報班とか補助班に回るから……楽してる……!!むふーっ!!」

ストレスが溜まっていたのか、珍しくぷんぷんと怒る灯夜がそこに居た。
フランもストレスが溜まっているようで、ほとんど無視していた。


そして、歩くこと25分、遂にフラン達は北の果て、ノースエンドに到着した。
着いた途端、フランは颯爽と酒場に走って行った。

「…勤務中……でしょうが……!」

灯夜も急いで走りだし、酒を求めるフランを止める。
フランは無類の酒好きで、仕事先に到着するとすぐ酒場に行ってしまう癖がある。
しかも、ノースエンドはノースエンドカクテルという、まんまな名前のカクテルが有名で、酒好きはこれがあるために移住したがるほどだ。
ノースエンドカクテルは暑さに弱いため、北陸の限られた地域にしか輸送されない。
一応、フィンブルのある北の街でも飲めるのだが、やはり本場の、しかも一つ一つ丁寧に作られた物の方がうまい。
ノースエンドカクテルというのにも、それぞれの酒場で様々な作りかたやこだわりが有るため、どれだけ市販の物を買えても、
やはり様々な物を飲みたいというのが酒好きなわけで。

「と、とりあえず一「だめ」杯……わかったっすよ……!」

渋々酒を諦めるフラン。
灯夜に「仕事が終わったら明日まで飲むからな!」などと言っていたが灯夜はもちろん無視。

***

ノースエンドは冬祭りに向けて大いに賑わっていた。
三つの大陸の中でも、特に大きな祭りの一つの『ノースエンドの冬祭り』では、毎年毎年多くの観光客でいっぱいになる。
その中には冬祭り限定のノースエンドカクテルを狙う人もいるし、ノースエンドの甘美な食材に胸を躍らせる人もいる。
もちろんその中にはよからぬことを考える者もいる。

「何人殺していいの?」

ノースエンドに溶け込むような純白の上下スーツ、中のシャツまで純白の少年が物騒なことを呟く。
その男の手には小太刀が握られていた。更に腰には何本かの刀。柳葉刀に、打刀、軍刀が装備されていた。

その男の問いに対し、長くしなやかな髪をなびかせる男が答える。

「一人も殺しちゃいけないよ。」

長髪の男は穏やかな口調で純白スーツの少年を抑える。
長髪の男の腰にもまた、二本の打刀が携えられていた。

「けど、襲われたらそこに居る奴らだけ殺していいよ。」

次第に風は強くなり、ノースエンドに積もった雪が舞う。
だんだんと雪の量が増え、吹雪と化していく。
男達は純白の雪に解けゆくかのように、姿を消した。

***

吹雪になってきた。
ノースエンドの吹雪は、他の街の吹雪とは比べ物にならないくらい殺傷能力も高い。
ノースエンドでは時折、とんでもない吹雪が街中に吹き荒れる。避難勧告が出されるほどだ。

だが、今回もそのような吹雪かと言うとそうでもなく、穏やかな、風物詩の様な美しさを持った吹雪だった。

しかし、やはり吹雪というのは痛いのだ。ノースエンドとなればそれはけた違いなわけで。

「イタタタタタタタタタタタ!!!痛すぎっすよ!灯夜サン、少し休みましょうや!ねぇ!」

フランは大声で灯夜に休もうと説得するが、対する灯夜は顔まで防寒具をバッチリ決めているため、
ズンズンと道を突き進んでいた。ここからツイスターのギルドまではあと数十分と言ったところで、休みは要らないレベルだ。

それが普通の快晴ならば。

今は吹雪の真っただ中。下手すれば凍え死ぬ。
幸いにもフラン一行はきちんと防寒しているので問題ないのだが。

「必要……ない!」

「いやいや、灯夜サンは顔まで防寒してるっすけど、俺はねぇんすよ!?その辺考えてくだせぇや!」

「必要……ない!」

フランの必死の抗議もすべて右から左。何かが来ても右から左。


そうこうしているうちに中心部から少し離れた場所までやってきた。
このあたりに、ツイスターのアジトがあるらしいが。

「灯夜サン、俺のイライラはマジパネェっす。ツイスターの連中きたらフルボッコにしちまうかもしれねぇっすから、その辺よろしくっす。」

フランはそう言い残すと、フラフラと近くの酒場に近づいていってしまった。

「昨日は、まぁお疲れっす」

この大陸には、何でも屋、所謂万屋的なギルド、グループの様なものがある。
実際、その殆どは法に触れるような仕事を主にやっているとされている。
殺し、盗み、密売、暗躍……数えればキリがない。
此処、『フィンブル』もそのような集団のひとつ。
主に殺し専門だが、基本的に何でもやるギルド。しかし、ヒットマンの様にカッコいいものではない。
もっと穢い、忌み嫌われる落ちこぼれの集まりだ。

この男、『フラン』もそのうちの一人。
フランという名前は孤児院の院長である『フラン院長』からとられた。
両親ともに彼が幼いころに亡くなっている。
長い間孤児院で生活していたが、銃の腕を見出され、この仕事をするようになった。

「お疲れ様……」

パチパチと小さな手を叩いている少女は灯夜。
彼女もまた、フランと同じ孤児院で暮らしていた。
フランと同じように、孤児院の院長に名前を与えてもらった。
フランがこの仕事を始める時に、孤児院を抜け出して付いてきてしまったのだ。

「灯夜サン、どぞ、いつも通りのオレンジジュースっす」

フランはなぜか年下のはずの灯夜にサン付けして、しかも敬語である。
何か尊敬するところがあるのか、ただ単に癖なのかは定かでない。

「ありがと」

灯夜は一言入れ、コップに注がれたオレンジジュースを一気飲みする。
続いてフランもコップに注がれたお茶を一気飲みする。
格別おいしいわけではないが、キンキンに冷やされているためか鋭利な甘みが口の中に広がった。

「あぁ……仕事の後のこれは最高っすね。キンキンに冷えたお茶、全ての季節において能力を発揮……」

「おじさん……?」

ふぅ……とフランはため息を漏らし、自分が愛用している銃のメンテナンスを始める。
技術の発達により、武具もドンドン進化していった。
燃料ガスの圧力で銃弾を放っていた銃はやがて、電子機器や特殊装置による電子銃に、
そして今は音すら聞こえない光線銃へと、様々な形に変化してきた。
いや、変化というよりも派生と言ったほうがいいかもしれない。
というのも、現在でも普通の拳銃や小銃は造られ続けており、そっちの方が使いやすい、と言う人もいる。

今フランがメンテナンスしているのは所謂『普通』のハンドガンだ。
数年ほど前、フランがこの仕事に手を付け始めてからずっと使っている言わば『相棒』の様な存在だ。
しかしそのフランも、周りのメンバーと同じように電子銃や光線銃は何本も持っているし、
鈍器や刀剣類もかなりの数を所持している。

それでも、やはりこの銃だけは手放せないようで、常に持ち歩いている。
ちなみに、フランの持つ銃は企業が大量生産したような安価な物ではなく、古くから銃を作っている武具職人が作ったものだ。
銃に付けられた系番は『F-0』、Francの『F』が系番になっている。
バレルとマズルに『Franc』の文字が彫られており、まさしくフランの為の銃になっている。

「まぁ、そう笑わねェでくださいよ灯夜サン。それより、ちゃんとヒロサンに連絡しときましたよね?」

「うん」

「ならいいんスけど。そうそう、昼もお仕事あるらしいっすよ。ちゃんと準備しといてくださいよ?」

「了解……」

んじゃ、と手を振りながら言い、灯夜は自分の部屋に戻っていく。
中央酒場に残り、銃の整備をするフラン。
生憎、フラン以外のメンバーは誰一人として居らず、フランは一人孤独に銃のメンテナンスをすることになった。

カチカチと、金属同士が擦れる音がこだまする。

時間はゆっくりと過ぎ、そろそろ昼頃、というところでメンテナンスが終了する。
未だに、酒場にはフラン一人だけだ。

「昼の仕事はわざわざ依頼主が来てくれるそうだし……めんどくさいっすけど一応綺麗なシャツに着替えておきますか」

一人呟き、自分の部屋に戻るフラン。
そこにあるのはスーツ類ばかり。
仕事柄、夜に動くことがほとんどだが、なるべく人物を特定されにくい格好で動くことが多い。
そのため、必然的に大多数が着用している様な安価な多機能スーツが多くなるのだ。しかも何種類も。

血の染みが取れないスーツ、渇いた血の黒が至る所に付着しているシャツ……どれこれこれも汚い。
フランはそういえば……と呟きタンスの一番下を開ける。
そこには真新しい白のシャツが何枚もしまってあった。

一番手前のシャツを取り出し、袖を通す。
ボタンはしっかり一番上までしめる。
いつもはしない癖にタイまでしめる。
青白い紋章をシャツの襟に付ける。

これがギルドフィンブル式の正装である。

「んじゃ、そろそろエントランスに戻りましょうか。」



エントランスに戻ると、既に依頼主と思われる少年がソファに腰かけていた。
少年はまだ幼く、とてもこの様な場所に足を踏み入れてはいけないような子だった。

少年を見てか、フランも言葉を失ってしまう。
一応「依頼主さんっすか?」と聞いてみると、少年はコクリと頷いた。

「あぁ……えっと依頼とは?殺し?密売?誘拐かな?それとも盗み?クスリとか?情報欲しかったり?」

「探してほしい人が居るんです……」

「探し、ね。Guardian(ガーディアン)とか、D-Fence(ディフェンス)の皆さんに頼まねェってことは、少し危なかったりする感じっすかね?」

Guardianとは、一つの巨大ギルドの様なもの。
巨大と言っても三つの大陸で構成されたこの世界のほとんどの戦士を支配しているような組織で、
名前の通り、大陸を護る者達だ。

D-Fenceは、Guardianと似たような組織ではあるが、こちらは警察の様なものだ。

『危ない感じ』というフランの問いかけに対し、少年は先ほどと同じようにコクリと頷いた。

「えっと……誰をお探しで?」

「僕の……孤児院の院長先生……」

「名前は?」

少年は間を置き、ゆっくりと名前を呟く。

「フラン……フラン先生……」

その名前を聞き、フランは少し思考が停止してしまった。
フラン・メルルア、フランの名の由来になった人物で、フランが最も尊敬する人物だ。
単に、懐かしいから、尊敬する人物だから思考が止まったわけではない。

もしかしたら、その尊敬する先生も殺さなくてはならない、と思ったからだ。

というのも、失踪した人間を探すという事は、フィンブルの様なギルドと接触する可能性があるからだ。
事実、何度か同じようなことがあり、怒り狂った過激派集団のリーダーが探していた人物、つまるところのターゲットを殺してしまったことがあるからだ。

「依頼とは言え……なかなかめんどくせェっすね」

「やっぱり……無理ですか……?院長先生が……自分が居なくなったら此処を頼れって……」

少年は涙目になりながら聞いてくる。どれだけ悪党でも、涙には弱いわけで。
院長自らが此処を教えたのか、と一人心の中でフランは納得していた。

「まぁ、別にイイっすよ。フラン院長にはいろいろとお世話になりましたしね。お代はタダでいいっす。その代わりなるべく情報貰えると嬉しいんですが……」

「多分……院長先生は『ツイスター』って人たちのところだと……院長先生が此処を教えてくれたときに、電話で話してて……喧嘩してました……」

(ツイスターねぇ……うち等と同じような集団だったような………まぁ、情報はヒロサンにやってもらえばいいっすね。)

フランは頭の中で、ツイスターに関する情報を交差させる。
ツイスター、過去に何度かフィンブルともめた事がある犯罪ギルドだ。

(院長が電話してた、てのも引っかかるっすね……その辺もヒロサンに徹底的に調べといてもらわねェと……)

「じゃあ、まぁそん位でいいっす。ツイスターの連中は、何人か殺しちまうことになりそうっすけどね。」

灯夜サン仕事っす、と大声で灯夜を呼び、フランは先にスタスタと外に出てしまう。
行く宛ても持たず。

「ホント馬鹿ばっかりだな……」

深い夜、誰もいない。いや、いる。
呟く一人。男。

その後ろに、もう一人。
次は女性。

「灯夜サンも働いてくださいな。そんなところで突っ立ってねェで」

闇は深い。
尤も、彼らの方が深い闇。

「あ、しゅいましぇん……」

人、転がる。しかし過去形である。

「まぁいいっす。ヒロサンに連絡入れといてくださいな」

ポツポツと紅い雨。ポツポツと……?

これは雨?これは血?
血が降っているの?

「灯夜サン、連絡入れ終わったら掃除よろしくっす。死体遺棄は手慣れてるでしょ?」

雨は、強くなっていく。
転がる人から流れ出すのは、紅い想いか。

ますます、闇は深まる。