孤高の海賊は異世界でヒーローを目指す | 緋紗奈のブログ

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このブログではモンハンやデジモン
日常で起こったことを自由気ままに
マイペースで描いています

デジモン×僕のヒーローアカデミアのクロスオーバーです。

捏造だらけなので読む場合はご注意を。

最初はヒロアカの主要人物は出てこない展開が続きますが、なるべくサクッと雄英入学まで進めるように努めます。

ちなみに作者はヒロアカにわかです。

これのためにアニメ見たり色々調べてはいますけど違っているところがあったら教えてください。

オリキャラやオリジナル個性も出てきます。

キャラブレもあるかと思いますので合わないと思ったらそっとブラウザバックをお願いします。

 

ではOKという方は続きをどうぞ!

 

◆◇◆◇◆

ずっと何かが欲しかった。

 

でも何が欲しいのか自分では分からない。

 

だから少しでも欲しいと思ったものを片っ端から手に入れようとした。

 

ひたすら奪って、奪って、奪い尽くした。

 

それしか手に入れる方法を知らなかった。

 

俺の姿を見てまともに話を聞こうとする奴なんかいない。

 

邪魔するものは全部潰した。

 

けどどれだけ奪っても本当に欲しいものじゃないから満たされなかった。

 

満たされないからまた奪う。その繰り返し。

 

それがどれだけ虚しいことなのか気付かないまま……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまでだなレガレクスモン」

 

目の前にネットワークセキュリティの守護者である【ロイヤルナイツ】がいる。

この世界の神イグドラシルの命令で俺を討伐しにやって来たのだ。

オメガモン、マグナモン、クレニアムモンと三日三晩戦い続けてついに俺は力尽きた。

大分長い間戦っていたが流石デジタルワールドの秩序を守る存在だ。

劣勢になるまでそこまで時間は掛からなかった。

全身は傷だらけ。右目も潰された。左腕と両足も折られ変な方向に曲がっている。

もう動けない。

 

「思っていたよりも手間取ったな。《深海の覇者》の異名に相応しい実力。正しく史上最悪の海賊だ」

「はい。コイツに壊滅させられた町や村は数知れず。しかも普段は深海にいるため浅瀬に出てくるまでは何処に現れるか分からない。本当に厄介なデジモンです」

「そのためこちらも相応の対策を講じなければならなかった。一度でも海に逃がしてしまえば追うことさえ難しいからな」

「…………」

 

いつかは来るだろうと準備はしていた。

俺は高度な魔術が使えるほどの魔力を持っていない。

だから魔力を蓄えられる特殊な宝玉(これも奪った超レア品)を体内に入れて高度な魔術を使えるようにしていた。

だがその宝玉に蓄えていた魔力は尽きた。

拠点としていた場所も逃げるために用意していた隠しルートも全部潰されている。

完全に俺の負けだな。

 

「何か最後に言いたいことはあるか? 聞くだけ聞いてやろう」

「……何も。殺すならさっさと殺せ」

 

本当は山ほどあるが、言ったところで負け惜しみにしかならない。

何をしても負け犬が吠えているように見えるだけ。

そんな無様な真似流石にしたくねぇ。

 

「ならば己が犯した罪を噛みしめ死ぬがいい」

 

オメガモンの剣が目前に迫る。

ああ……ここまでか。

あれだけ抵抗していたのすんなり自分の死を受け入れ目を閉じた。

 

――ピピピピッ

 

と、オメガモンがグレイソードを振り切る寸前通信音が響いた。

オメガモンは手を止め、その通信に応える。

 

「……どうした?」

『オメガモン、マグナモン、クレニアムモン今すぐそこから離れろ!!』

「は? なぜ急に」

『今そこに時空の歪みが発生したんだ! 早く離れないと歪の渦に巻き込まれる!!』

「!!!」

 

時空の歪み?

それは確か……。

 

――ゴゴゴゴゴゴ

 

思考を巡らせる前に地鳴りが響き雲行きが一気に悪くなる。

頭上にドス黒い渦が発生した。

 

「不味い! かなり大規模な時空の歪みだ! 全部隊速やかに撤退せよ!」

「周囲に生息しているデジモンにも避難命令を出します。オメガモン早くトドメを!」

「分かっている!」

 

オメガモンが止めていた剣を再び振るう前に時空の歪みにより空間が裂けた。

時空の歪みによって出来た亀裂。

そこを中心に強風が吹き、あらゆるものが裂け目に吸い込まれる。

 

「駄目だオメガモン! すぐに離れろ!! 裂け目に落ちれば我々でも命の保証がない!!」

「くそ!!」

 

オメガモンが急いでその場から離脱した。

しかし聖騎士との戦いで深手を負った俺は逃げることが出来ない。

何の抵抗も出来ず裂け目に吸い込まれた。

 

吸い込まれた先にあるもの。

 

それは時空の狭間。

 

時空の狭間は様々な世界が複雑に入り混じった特殊な場所。ここに落ちると何処の世界に飛ばされるか分からない。

しかし複雑に空間が入り混じっていて五体満足で世界を渡ることは不可能に近い。

体の一部だけ別の世界に流されるなんてことザラにある。

神でもなければこの空間ではまともに存在出来ない。

つまりここに落ちれば死んだも同然。

実際体がバラバラにされるような強烈な痛みが襲ってくる。

複雑に点在する異世界への裂け目に体が引っ張られているのだ。

痛い、痛い……痛い!!

嫌だ。死にたくない! 死にたくない!!

さっきは死を受け入れたハズなのに必死に抗う自分がいる。

何とか死を回避しようと、俺はたまたま見つけた比較的大きな時空の裂け目に体をねじり込ませた。

 

 

 

――ドボオォン!!

 

幸運なことに俺は五体満足で世界を渡ることが出来た。

落ちた場所は海。

しかし丁度大きな嵐が起こっているらしい。

荒れ狂う波が襲い掛かる。

いくら海のデジモンとはいえ右腕しか自由に動かせない俺では成す術がない。

海底にある岩に何度も体を叩きつけられ更にダメージを負ってしまった。

もっと最悪なことが世界の免疫システムに攻撃を受けていることだ。

異物を排除しようする世界そのものの力が更なる追い打ちをかける。

時空の狭間にいた時とは比べ物にならない痛みが襲う。

苦、し…い。

あまりの苦痛に意識が朦朧としてきた。

生きて世界を渡れたのにこの攻撃をなんとかしないと本当に死ぬ。

でも何をすれば……。

その時海底に沈んだこの世界に生息する生物が目に入った。

もう息絶えているのか生命活動を感じない。

でもまだ死して間もないようだ。

……そうだ。

この体に憑依すればもしかしたら助かるかもしれない。

少なくともこの世界の生物の体の中にいるうちは免疫システムの攻撃は受けないハズ。

薄れゆく意識の中、俺は死んだばかりの魂のない肉体に手を伸ばしその体に乗り移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――……ごめん。

 

――お母さん、お父さん。

 

――ひどいこと言ってごめんなさい。

 

――大好きだよ。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……っ」

 

どのくらい意識を失っていたのだろう。ふっと意識が浮上した。

ここ……何処だ? 妙に暖かい。

視線の先には白い天井が見える。

ということは建物の中なのか?

俺は……どうなった?

状況を確かめようと体を動かそうとしたのだが、動かした瞬間猛烈な激痛に襲われた。

あまりの痛みに思わず顔が歪む。

 

「竜治!!」

 

と、横から何やら声が聞こえた。

声が聞こえた方へ視線を向ける前に声を発した何かが俺の手を握った。

 

「ああ……良かった。目が覚めたのね。1ヶ月も眠ったままだったからお母さん本当に心配で……」

「……?」

 

それは人間だった。

デジタルワールドでは御伽噺の中でしか存在しない種族。

一応異世界で実在していると奪った本から知っている。

それが今目の前にいるということはここは異世界なのか?

……あ、そうだ。

俺は【ロイヤルナイツ】に殺される直前で時空の裂け目に落ちて死にかけの体で世界を渡ったんだった。

それで……確か……。

 

「竜治大丈夫? 今お医者様呼ぶから何処が悪いか」

「う、るさい……。誰だてめぇは……話かける、な」

「え!?」

 

必死に思い出そうとしてるんだから話しかけんなよ。

てか気安く俺の体に触るな。

 

「竜治……お母さんが分からないの?」

「知ら、ねぇよ。ベタベタ……触るな、うっとおしい」

「!!」

 

なんかショック受けてるみてぇだけど知らないものは知らない。

えっとそれで……おっ、そうそう。五体満足で世界を渡れたはいいけど世界の免疫システムの攻撃を受けてそれを回避しようとして死んだばかりの生物の体に憑依したんだった。

ん? あの時はそんなこと確認している余裕なかったけど憑依した生物……人間だったな。

ということは……。

俺は辛うじて動かせる顔を動かして自分の手を見た。

それは間違いなく人間のものだった。

うわぁ……今の俺人間なのかよ。

魂のない空っぽの肉体だったから意識は俺だけど、そうじゃなかったら発狂してそうな状況だ。

しかもこの体から抜け出すことは現状不可能。

どうやらこの体と完全に一体化しているらしい。

多分……死にかけの体だったからだ。

世界の免疫システムの攻撃を受けたのもあってデータ損傷が激しかった。

それを回復させるには憑依状態じゃ無理だったから無意識のうちに一体化したんだろう。

けど傷が治りきっていないからデジモンの姿には当分なれそうもないな。

その証拠に体の節々が痛い。

特に折られた左腕と両足は少し動かしただけで激痛が走る。

【ロイヤルナイツ】に潰された右目は完全に失明しているようで右側が全く見えない。

だから今の俺はデジモンの力を全く使えない。本当に人間と同じ。恐ろしいほどの弱体化。

えー……生きるためには仕方なかったとはいえどうすればいいんだこれ。

 

「どうしたんだ志乃。竜治は起きたのか?」

 

これからどうしようと考えていたらもう一人人間がやってきた。

随分がっちりした体形だな。

かなり鍛えているのが分かる。

 

「魁どうしよう。竜治……私のことが分からないみたいなの」

「は!?」

 

いつの間にか泣いていた人間の言葉に驚いている。

そいつは俺に近付くと

 

「竜治僕のこと分かる?」

 

そう訊いてきた。

 

「知らねぇ。てかりゅうじって誰だ? 俺は……」

 

おっと、デジモンの名前言ったらヤバいか。

うっかり言いそうになったぜ。

けど状況から察するに“りゅうじ”ってのがこの体の名前みたいだな。

 

「記憶が、ないのか? 仮死状態が長かったせいか? とりあえずドクターに診察して貰おう。詳しくはそれからだ」

 

それから何人かやってきた。

色々質問されているが、この世界のことを知るために記憶がないフリをしたほうが都合が良さそうだ。

 

「君の名前は宮瀬竜治。■■県に住む5歳の男の子だ」

 

5歳!? デジモンならまだ成長期の年齢だぞ!?

言われてみればこの体は随分小さい。

嘘だろ!? 正確な年齢は分からないが少なくとも100年以上生きている俺がガキの体になってるのか!?

ちょっと現実逃避したい!

 

「そしてここにいる二人は君の両親だよ。覚えているかな?」

「いいや」

「…………」

「そうか。実は1ヶ月前に大きな嵐があってね。君達家族は避難所に避難していたんだけど、そこで君は両親とちょっと口論してしまって、君は外に飛び出してしまったんだ。でも飛び出した先で鉄砲水に飲まれてね。そのまま海に流されて数時間後に仮死状態で発見されたんだ。それから今日までずっと意識不明の状態だった。記憶にあるかな?」

「全然」

「そうか。じゃあちょっとこれを持ってもらえるかな?」

 

渡されたのは細い何か。

何だこれ?

 

「使い方分かる?」

「いいや」

「それはボールペンと言ってそれで文字が書けるんだ。ここを押すと芯が出る。何か書いてみてくれるかい?」

 

言われた通りの場所を押すと確かに芯が出た。

見た感じこれで字が書けるとは思えねぇがとりあえず適当に書いてみるか。

一瞬デジ文字を書こうと思ったが、見える文字から明らかに言語が違うと分かる。

全然読めねぇ……。

とりあえず円をぐるりと書こう。

わぁ……どういう仕組みか知らねぇけど本当に書けた。

 

「使い方も持ち方も分からないか。これは読める?」

「全く」

「簡単な文字も読めない。これまで培ってきた知識や経験もなくなっているみたいです。記憶喪失の中でもかなり重篤とみていいでしょう」

「そ、んな……」

 

まぁ間違いではない。

なんたってこの世界のことを何一つ知らないんだから。

……ヤバいな。

どのくらいこの世界にいなきゃいけないのか分からないのに前途多難すぎるだろ。

というか元の世界に戻れるのか?

幸いなことに魔力を蓄えられる宝玉は体内に残っているから力が完全に復活したら宝玉に魔力を蓄えて転移術を使えばなんとかなりそうな気もするが、それがいつになるのか全く見当がつかない。

俺結構難易度ハードなことになってない?

 

「記憶が戻る可能性はありますか?」

「今のところはなんとも言えません。仮死状態が長かったことが原因なら一生戻らないことも十分考えられます」

「そうですか。なら最初から始めた方が良さそうだな」

 

医者らしい人間の隣にいた男が膝をつきベッドで未だ横たわる俺と目線を合わせる姿勢になった。

何する気だ?

 

「初めまして。僕は宮瀬魁。両目で捉えた相手の体を麻痺させる【麻痺眼】の個性を持つ元ヒーローで君のお父さんだ。よろしくね」

「……は?」

 

警戒していたが始めたのは自己紹介だった。

あっけにとられたが、“個性”という単語が気になった。

 

「個性……? 何だそれ?」

「あ、そこからか。個性っていうのはこの世界に住む人間のおよそ8割が持っている超能力のことだよ。でも竜治は無個性なんだ。あの日喧嘩した理由もそれなんだ。元ヒーローなのにすぐ助けに行けなくてごめんね」

 

何だ。

ほとんどの人間が持っていると聞いて少し期待したがないのか。

しかしヒーロー?

そんなもの近くにいるのか?

 

「ヒーロー?」

「ヒーローっていうのは個性を使って悪いことをするヴィランをやっつけたり、災害から市民を守る人達のことだ。僕が元ヒーローだったから竜治もなりたいって言ってたんだけど竜治は無個性だったから……」

 

要するに天使族みたいな奴らということか。

天使族とは何度か戦ったことがあるが大したことなかったな。

悪だの正義だの口にするくせに手応えのない奴らだった。

まぁ天使族が本領を発揮するのは闇の種族と戦う時だから闇の種族ではない俺との戦闘じゃ弱いのは当たり前だけど。

そして元この体の持ち主はそのヒーローを目指していたと?

今の俺にとっては至極くだらんものだな。

 

「ほら志乃も」

「え、ええ……。私は宮瀬志乃、貴方のお母さんよ。手に持ったものの重さが分かる【計量】の個性を持っているからそれで料理教室の先生をしているわ」

 

あのー……おとうさん、おかあさんと説明されてもそれが分からねぇんだけど。

何なんだそれは。

聞いたことのない種族にくらいしか思えん。

 

「おとうさんとかおかあさんって何だ?」

「…………」

 

本当に分からなくて素直に訊くことにした。

何か頭に攻撃食らったみたいな顔しているが分からないものは分からない。

 

「君の生みの親、育ての親だよ。記憶がないから分からないと思うけど今までずっと君と暮らしてきた家族だ」

 

硬直している二人に代わって医者が返答した。

折角説明してくれたところ悪いんだがデジモンに親とか家族の概念がないから理解が出来ない。

【命の花園】という場所に生える花に実るデジタマから生まれるから親なんかいないし、生まれて間もないデジモンの世話をする存在はいるがただそれだけで親しい関係でもない。

「だから何?」というのが率直な感想だ。

 

「記憶がないから本当に最初からだな。竜治にお父さんだと思って貰えるように頑張るから、これからゆっくり家族になろう」

 

そういうと宮瀬魁が俺の頭を撫でた。

……気持ち悪い。

そう感じ、俺はその手を思いっきり振り払った。

元々体に触れられるのが嫌いだ。

初対面の奴に触られるなんざ正に論外。

 

「嫌だった? まぁ今の竜治にとっては僕は赤の他人だから無理ないか。ごめんね」

「…………」

 

しかしベッドから起き上がることさえ出来ない今の俺は誰かの世話にならなければ生きていけない。

だからどんなに納得出来なくてもこいつ等の保護下に入るしかない。

 

「……いや」

 

諦めて世話になるか。

どうせ力が完全復活するまでの間我慢すればいいだけだしな。

こうして何の因果か俺は人間として生きることになった。

 

◆◇◆◇◆

 

目が覚めてから1週間ほど経ってようやく俺は立ち上がれるくらいに回復した。

まだ痛みはあるが、これくらいなら我慢出来る。

しかし1ヶ月も眠っていたせいで筋力がバカみたい落ちていて支えがないと満足に歩けない。

今は筋力を回復させるためにリハビリをしている。

はぁーうざ。

デジモンの体なら1ヶ月寝てても体が鈍るくらいで筋力が落ちたりしないのに。

 

「少し休憩しよう。焦っても体がついていかないから」

「…………」

 

そう言われ仕方なく医者の指示通り椅子に座る。

その時右側が見えないせいでバランスを崩した。

近くにいた宮瀬志乃が慌てて手を差し出す。

 

「竜治大丈夫?」

「あ、ああ……」

 

くっそ! まだ右目が見えないことに慣れねぇ!

気配も満足に探れないから物によくぶつかってしまう。

慣れて気配が探れるようになればハンデでも何でもないのに。

 

「……先生。この子の右目診て貰えませんか? もしかしたら見えていないかも」

「え?」

「!!!」

 

は!? な、何で分かったんだ??

バレないようにしていたのに俺そんな分かりやすかったか??

 

「あ、ごめんね。お父さん1年位前に左半身に大怪我していてね。その時に左目を痛めているの。怪我は治ったんだけど視力が凄く落ちちゃってね。慣れていない頃は左側があまり見えないせいで物にぶつかったり、バランスを崩して転んだりしていたわ。それによく似てたからそうかもって思ったの」

 

なるほど。経験談か。

それならバレても仕方ないか。

結局右目が失明していることが知られた。

しかも医学的には異常がなくて何故失明しているのか分からないらしい。

俺も「【ロイヤルナイツ】に右目を潰されたから」なんて言えるワケもなく、原因不明と診断されることになった。

宮瀬志乃は治せる方法がないか何度も訊いていたが無理だろうな。潰されたよりは抉られたに近かったから。

医者にも宮瀬志乃にも謝られたが、慣れさえすれば右目が見えなくても支障がない俺は何故謝られているのか分からなかった。

 

 

 

それから更に数日後。

リハビリ以外特にやることがないので共用スペースでテレビとやらを見ていた。

こういうのデジタルワールドになかったから新鮮だなぁ。

手っ取り早く文字を覚えるために字幕付きでテレビを見ていると

 

「私が来た!!」

 

異様に大きな声で明らかに場違いな男がやってきた。

他のガキが「オールマイトだー!」と言って駆け寄る。

オールマイト?

あーさっきテレビで出ていたNo.1ヒーローか。

何でこんなところにいるんだ?

 

「久しいね竜治くん! 無事意識が戻ったみたいで安心したよ!」

「え?」

 

いつの間にか目の前にそのオールマイトが来ていた。

体デカ……。本来の姿なら俺の方がデカいが、子供の体である今は異様にデカく感じる。

てか名前呼んでるってことは顔見知りなのか?

 

「あ、あれ!? 前は凄く喜んでいたのに無反応!?」

 

そりゃ別人ならぬ別デジモンなんで。

しかしどうするかこの状況。

他のガキが見てるしNo.1ヒーローを適当にあしらうと面倒なことになりそうだ。

どうしようか悩んでいると飲み物を取りに行っていた宮瀬志乃が急いで戻ってきた。

 

「お久しぶりですオールマイト」

「一等星ドゥーベの奥さん久しぶり!」

「もう夫はヒーローではないのでその呼び方は止めて下さい。それよりも息子が申し訳ありません。意識が戻ったはいいですがそれまでの記憶を全て失くしてしまっていて……」

「なんと!!」

 

どうやら二人も顔見知りらしい。

宮瀬魁が元ヒーローだからそれでか?

 

「竜治、彼はオールマイト。お父さんが現役の時に何度か組んで戦ったことがあるの。記憶を失くす前の竜治も会ったことがあるわ。海に沈んでいた竜治を見つけてくれたのもオールマイトなのよ。本当にありがとうございます。あの時は直接お礼が言えなくてすみませんでした」

「何、ヒーローとして当然のことをしたまで!」

 

恥ずかし気もなく堂々を言うオールマイト。

凄いな。天使族だってここまで自信満々に言わないぞ。

…………。

今一瞬何か変な考えが頭に浮かんだような……。

 

「記憶がないというのは想像を絶するほどに大変だろう。だが大丈夫! 君のお父さんはヒーローの中でも上位に入る実力者だった。引退したとはいえ身体能力の高さは健在。必ず君を守ってくれる! 安心するといい!」

「は?」

 

守る? 俺をか?

その言葉にポカンとしているうちに頭をポンポンと撫でられた。

普段なら「気安く触るな!」と怒鳴っていたと思うが、オールマイトの言葉と行動に硬直していて動けない。

動けない間にオールマイトは他のガキのところへ行ってしまった。

 

「相変わらず忙しい方ね。今日はたまたまこの近くに来ていて貴方が目覚めたことを聞いて病院に来て下さったんですって。記憶を失くす前の竜治なら嬉しすぎて倒れてそうだわ」

「…………」

 

確かに普通の子供なら興奮するだろうな。

俺は中身100歳超えのデジモンだから欠片もそうならないが。

あれが平和の象徴か。

【ロイヤルナイツ】や天使族とは全然印象が違うな。

……うん?

また変な考えが浮かんだような……。

 

「さぁリハビリの時間よ。早く行きましょう」

 

宮瀬志乃に言われ俺は共用スペースを後にした。

本当になんだ?

何を考えたのかすぐ忘れているのに凄く気になる。

もう一度オールマイトと話したら分かったりするのかな?

らしからぬことをつい考えてしまった。

◆◇◆◇◆

異世界で目を覚まして1ヶ月ほど経った頃、ようやく病院を退院することが出来た。

よし。痛みは消えたし、右目が見えないことにも慣れた。

普通に生活することは問題なく出来る。

ただデジモンの力はほとんど回復していない。

精々気配が少し探れるようになったくらいだ。

思っていたより回復が遅くて正直絶望している。

あまりにも遅いので力が完全復活するのが何年後になるのか全く分からい。

嘘だろ……。

いつまで人間のフリしてなきゃいけないんだよ。

もう疲れ切ってるんだけど……。

 

「2ヶ月振りの幼稚園だけど、先生達もサポートしてくれるって言ってから大丈夫よ。お友達も待ってるからいってらっしゃい」

 

そして俺は幼稚園とかいうガキが沢山いるところに行かないといけないらしい。

病院にいた時でさえガキが目に映るのは寒気するくらい嫌だったのに半日そこにいろと?

俺に死ねって言ってるのか?

 

「……本当に行かないと駄目か?」

「僕も志乃も仕事があるから家にいられないんだ。右目が見えない竜治を一人家に置いておくことは出来ないよ」

 

むしろ一人のほうが楽だからそうしてくれよ。

今までずっと一人だったんだから。

 

「でも幼稚園なら常に大人の目があるから何かあってもすぐに対処出来る。初めてだから不安だと思うけど事情は話してあるから皆竜治を守ってくれるよ。そんな顔しなくても大丈夫」

 

不安で顔が歪んでるんじゃなくて嫌で顔が歪んでるんだよ。

ああ……本当に嫌だ。

何で《深海の覇者》と呼ばれ恐れられた俺がそんなとこ行かないとなんだ。

信じられないくらいの屈辱感で頭がおかしくなりそうだ。

……それに……何でかは知らねぇけど行きたくない。

何だろうこれ。

まるで体が行くのを拒んでいるような……。

 

「じゃあ送ってくるわ。魁も気を付けてね」

「うん。いってらっしゃい」

「…………」

 

仕方なく車に乗って幼稚園に行く。

この乗り物にはビックリした。

早く走れたり、飛んだり出来ないからこういう乗り物を考えられるんだろうな。

デジタルワールドよりも文明が進んでいるからそれを知られるのは嬉しい。

 

「では竜治をお願いします」

「分かりました」

 

あっという間に幼稚園に到着。

センセイとやらが俺の手を掴もうとするのを払い除ける。

だから何ですぐそう触ろうとするんだよ。

 

「……すみません。記憶がないせいで警戒心が凄く強くなってて私達もまだ……」

「無理ないですよ。竜治くんからすれば誰を信用していいか分からない状況ですから。大丈夫。前の竜治くんの友達にも事情を話してあるから皆良くしてくれるよ」

 

別に良くしてくれなくていいからほっとけ。

とは言えるはずもなく渋々頷く。

 

「行ってくるわね竜治。夕方には迎えに来るから」

 

そう言って宮瀬志乃は仕事に向かった。

脱走しようかとも思ったが、思ったより塀が高くて無理そうだ。

 

「あ! むこせーがいるぞ!」

「ほんとうだ。むこせーのくせにオールマイトに会ったことがあるのマジなまいきだよな」

「むこせーいなくてさいこーの気分だったのになんでいるんだよ。はやくかえれよ」

 

そして幼稚園に入ってすぐ行きたくないと感じていた理由が分かった。

どうやら個性社会において無個性は虐げられる存在らしい。

センセイがいなくなった途端これだ。

そりゃ行きたくねぇよな。

会うガキ全員から罵声を浴びせられるんだから。

多分虐められていたのを体が覚えているんだろう。

記憶はデジコア……人間でいう脳の部分だけじゃなく体にも記憶されると本で読んだことがある。

しかし何も知らない俺が行きたくないと感じるとか相当だな。

 

「きいたぞ。まえのきおくないんだってな。じゃあもう一度おしえてやるよ。むこせーはこせー持ちには何にもできないって」

「そうだな。まえはむこせーでもがんばればヒーローになれるとかわけわかんねぇこと言ってたんだ。ぜったいに無理なのにバカだよな」

 

ニヤニヤと笑うガキ共。

けどここには俺の他にも無個性がいる。

そいつもからかわれているけどここまでじゃない。

これは父親の宮瀬魁が元ヒーローなのが関係ありそうだな。

聞いた話だと結構有名なヒーローで、その子供である宮瀬竜治は優秀な個性を持つだろうとかなり期待されていたそうだ。

だから無個性だと分かった時周りの人間は酷く落胆したらしい。

無個性だと分かる前なんか言ってたのか?

一体化する前の記憶は残ってないから断言出来ねぇけど。

まぁほっとくに限るか。

イラつくがまだ年相応の身体能力しかないこいつ等に何か出来るとは思えねぇ。

個性も発現して日が浅いから使いこなせているワケねぇしな。

ということで無視してこっそり持ち込んだ本を読む。

大分文字が読めるようになったから宮瀬魁の部屋に忍び込んで難しめの本を持ってきていた。

本を読むのは好きだ。知識が増えることが楽しい。

俺が無視したことが気に入らないのかガキがまたやってきたけど、適当に巻いてまた本を読む。

一応センセイがいると何も言ってこないからそういう時は大人しくガキのフリを続行した。

怪しまれないようそう過ごしていたのだが

 

――ガツンッ!

 

「っ!?」

 

2週間経った頃、教室に入った瞬間右のこめかみに痛みが走った。

何かと思ったら毎日のように俺を虐めていたあのガキが石を投げたきたのだ。

切れたようでツゥーと血が流れる。

 

「ほら、狙い通りだ! おれのこせーは百発百中なんだぜ!」

「すげー! ほんとうにピンポイントに当たった!」

「あはははは! 見ろあれ! むこせーだから何も出来ずにつったってやんの!」

「…………」

 

馬鹿なのかこいつ等。

何故俺が今まで何もしなかったのか分からないようだな。

危機感のないガキが……。

 

「次はどこにあてようかな? リクエスト聞くぞ」

「じゃあドゥーベにそっくりのはなで!」

「いいぜ! まかせ……っ!?」

 

調子に乗っていたガキ共だが、俺が放つ殺気にようやく気づいたらしい。

顔がみるみるうちに青褪めてきた。

先に攻撃してきたのはお前等だ。

なら反撃される覚悟もあるんだろ?

その身をもって実力の差を思い知れ。

◆◇◆◇◆

≪宮瀬魁視点≫

幼稚園から連絡を受け、仕事場から急ぎ向かう。

記憶を失ってから竜治は異常なくらい警戒心が強くなった。

前は無邪気で誰とでも仲良くなれる子だったのに今は見る影もない。

でも攻撃的になることはなかった。

だから竜治がしたことが信じられない。

 

「竜治!」

 

幼稚園に着き竜治がいる教室へ入るとそこには右のこめかみにガーゼを貼られ、両手に包帯を巻いた竜治がいた。

先に着いていた志乃が泣きながら他の児童の親に謝っている。

どうしてこんなことに……。

 

「信じられない! 記憶を失っているとはいえ前はこんなことする子じゃなかったでしょ!」

「も、申し訳ありません」

「謝って済む話じゃないわ! まさか両腕の骨を折っちゃうなんて……これでうちの子が個性を使えなくなったらどうするのよ!!」

 

なんと竜治……同じ組の児童数人と喧嘩をして大怪我を負わせた。

そのうちの一人は両腕の骨を折る重傷。

他の子も歯が折れたり、鼓膜が破れたりしている。

あまりに凄惨な現場に幼稚園の先生も目を疑ったそうだ。

 

「竜治どうしてこんなことしたんだ? 竜治は覚えていないだろうけど前はよく遊んでた友達なのに」

「はっ、あれが友? 弱所へいきなり石を投げつける奴がそんな御大層なもののわけねぇだろ。頭おかしいんじゃねぇか?」

「は?」

 

竜治は右のこめかみを指差した。

両手の傷は児童を殴った時のものだそうだけど頭の傷は違うと。

そうだとすると失明している右目を狙ったのか。

いくら子供でも許されることではない。

 

「うちの子がそんなことするわけないじゃない! 正義感が強いお利口さんなのよ!」

「ならお前の目は腐っているな。俺が無個性だからと毎日のように罵声を浴びせていた無知なガキだぞ。俺が本気を出した途端震えあがる様は見てて爽快だったな」

 

くすくすと不気味に笑う竜治。

まさかそんな……竜治からそんな話一切聞いたことがない。

でも今回の件を受け、他の児童から話を聞いた先生によると竜治が罵声を浴びせられていたのは事実で記憶を失う前も後も竜治はじっと耐えていたそうだ。

無個性だと判明してからだとすると1年も前からずっと?

それを聞いた他の保護者も「うちの子が……」と絶句していた。

 

「いくら何でもやりすぎよ。骨が折れるまで攻撃するなんて……いえ、どんな理由があっても他の人に暴力を振るっちゃ駄目なの!」

「何故だ? やられたからやり返して何が悪い。随分と甘い考えだな」

 

そう言うと竜治は教室の外へ向かって歩き出した。

志乃が「待ちなさい!」と声を掛けても無視して扉に手を掛ける。

 

「竜治まだ話は終わってない! 戻りなさい!」

「あ? 話たってあのガキ共に謝れって言うだけだろ。ここまで我慢してやったんだからむしろ褒めて欲しいものだぜ。あんな弱い奴等いつでも潰せたんだからな」

 

その目は誰も信用していない。自分の周りにいるものは全部敵だと思っていると感じられるものだった。

いくら凶悪なヴィランでもこんな目はしないぞ。

まだ5歳の子供がしていいものじゃない。

それほど苛めが酷いものだったということか?

 

「竜治戻りなさいって言ってるでしょ! 貴方に聞かないといけないことがあるんだから!」

「しつけぇな。俺のことなんかどうでもいいだろ。どうせ」

「どうでもいいわけないでしょ!!」

「!?」

 

竜治が何か言い切る前に志乃が大きな声で言い放った。

空気が震えるような声だったからその場にいた全員が驚いて立ち尽くす。

 

「貴方は私の息子なのよ。記憶がなくてもそれは変わらない。私はいつでも貴方の味方よ。だから何が苦しくて悲しいのか、どうして怒っているのか言って。言ってくれないと私は貴方を守れない……」

 

涙ぐみながら必死に訴える志乃。

竜治は記憶を失ってから簡単な受け答えはしてくれるけどほとんど話さない。

だから右目が失明していることに気付くのが遅れてしまった。

何か言えない事情があるにしても、言ってくれないと僕達は竜治のために動くことが出来ない。

 

「俺に親なんかいねぇ」

 

しかし志乃の言葉を聞いた竜治は酷く冷たい声でそう答えた。

 

「それに味方だって? そんなの俺にいるワケねぇだろ。ずっと俺のこと見捨ててきたくせに……助けてって言っても誰も助けてくれなかったくせに!! 今更そんなこと言われたって信じられるか!!」

 

最後は興奮気味に言い放ち出て行った。

すぐ追いかけたのにあっという間に姿が見えなくなった。

竜治あんなに足が速かったか?

 

「すまない。見失ってしまった」

「…………」

「すぐに見つけ出すから待ってて。先生申し訳ないですけど後を頼みます」

 

すっかり泣き崩れた志乃を慰めてから僕は竜治の捜索を再開する。

子供の足だからそこまで遠くには行っていないと思うけど、喧嘩していた竜治の動きがまるでベテランヒーローのように機敏だったと聞いているから僕が予想付かない場所に行っていてもおかしくない。

……昔の仕事仲間の手を借りるか。

 

「お忙しいところすみません。頼みたいことがあるんですけど」

 

これから雨が降る予報だ。

一分一秒でも早く見つけ出さないといけない。

もうあんな思いは二度とごめんだ。

◆◇◆◇◆◇◆

ああ……イライラする。

やられたからやり返しただけであんな騒ぎになるとか人間のルール面倒くさすぎるだろ。

しかも……

 

「いってぇ……」

 

思っていた以上に体が脆い。

本気で殴ったら簡単に手の皮膚が裂けた。

つい本来の姿のつもりで動いたらいたるところの筋肉が切れて正直立っているのもしんどい。

まぁこれは人間のフリをしていたせいでもあるんだけど、それにしたって貧弱だ。

嫌になる。早く力戻れよ。

そしたら人間なんか簡単に潰せるのに。

そんなことを考えているうちに海岸までやってきていた。

大分離れたところまで来たな。

ここまで来れば誰も追って来られないだろ。

俺は堤防に座って休むことにした。

久し振りに海を見たな。

今の状態だと海に入れないのが残念だ。

 

「それにしても何であんなこと言ったんだろ?」

 

見捨てられた覚えも、誰かに助けてなんて言った覚えもない。

なのに気が付いたらそう叫んでいた。

でもああ言ったってことは俺ずっと昔に助けを求めたことがあるのか?

気になって記憶を探るとあること気が付いた。

あれ? 俺……

 

 

究極体に進化する前の記憶がない?

 

 

そんなことあるはずない。

俺はちゃんと進化して……え?

俺進化前どんなデジモンだったっけ?

どのデジモンから進化した?

何処で生まれて何処で過ごした?

……駄目だ。

どれだけ記憶を探っても結論は同じ。

俺は究極体に進化する前のことを一切覚えていない。

何で覚えていないんだ?

一番古い記憶もかなりあやふやだ。

まるで靄がかかっているように上手く思い出せない。

 

「な、何だよこれ……。何で今まで疑問に思わなかったんだ?」

 

どう考えてもおかしい。

ただ唯一ハッキリしているのは何かを欲しがっていたこと。

でも何が欲しかったのかが分からない。

分からないから欲しいと思ったものを片っ端から手に入れようとし始めた。

けど俺の姿を見ると他のデジモンは怖がって逃げ出すか攻撃してくるから無理矢理奪うしかなくて、それがいつの間にか当たり前になった。

欲しくて手に入れたのに、本当に欲しいものじゃないからどれだけ奪っても満足出来なかった。

海や沿岸部にある価値があるものや貴重な品、食料は全部奪い尽くした。

なのに未だ満足出来ていない。

俺は……何が欲しかったんだろう?

俺は何なんだ?

どうしてこの姿に進化した?

この姿に進化する前何をしていた?

その問いに答えてくれる人は誰もいない。

 

「ははは……自分のことさえ何も分からないとか終わってるな」

 

記憶を掘り起こしたことで生まれた疑問。

その疑問から俺は自分が中身のない空っぽな存在だと気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――ザアアアアアア……

 

どれくらいそこにいたのか。いつの間にか雨が降っていた。

季節が冬に近いため冷たい雨が体を濡らす。

人間の貧弱な体だからこのままこうしていたら低体温で死ぬかな?

でも……いいや。

俺が死んでも誰も何も思わない。

むしろ喜ぶだろうな。

【ロイヤルナイツ】に攻撃されて動けなくなった時、周囲にいたデジモンも「やっと《深海の覇者》が倒れたぞ!」って歓声を上げていたし。

……あっ、そうだった。

デジタルワールドに帰ることが出来たところで俺【ロイヤルナイツ】に殺されるだけなんだよな。

今頃思い出すとか……やっぱりここで死んだ方がいいかもしれない。

そしたら少なくとも戦って痛い思いしなくて済む。

よく分かんねぇけど戦いたくないんだよな。

何だか、凄く……疲れた。

 

「風邪を引くよ。家に帰ろう」

 

このまま何もせず死を受け入れようとしてたら聞いたことのある声が後ろから聞こえた。

振り向くとNo.1ヒーローのオールマイトがそこにいた。

 

「酷い顔色だね。手の傷も塞がってないから血が滲んでいるじゃないか。先に病院かな」

「な、んで……」

「君のお父さんからの依頼で君を捜していたんだ。随分遠くまで来たんだね。幼稚園から3kmは離れているのに本当に子供の行動は予想が難しい」

 

「私は偶然その依頼を耳にしただけなんだけどね」と笑うオールマイト。

何のために俺を捜していたんだ?

まぁ、心当たりなんて1つしかないけど。

 

「帰らねぇぞ。どうせ説教するために捜してたんだろ」

 

騒ぎが治まっていないのに飛び出したからな。

俺が言ったことなんて誰も信じてないだろ。

 

「違うよ。お父さんもお母さんも君が心配なんだ。ましてや今日は雨だ。あの嵐の日のことを思い出して今頃生きた心地がしてないと思うな」

 

またオールマイトの口から俺には全く縁がない言葉が飛び出した。

 

「俺の心配なんかする奴いるかよ。こんな面倒なガキいなくなったほうが生々するだろ」

「それは絶対にあり得ない。竜治くんは2人が欲しくて欲しくて、そしてやっと生まれてきた子供(たからもの)なんだから」

「は?」

 

宝物? 俺が?

意味が分からなくて首を傾げた。

 

「ドゥーベはヒーローになってすぐ幼馴染のお母さんと結婚したんだけど中々子宝に恵まれなくてね。6年経ってようやく授かったのが君なんだ。余程嬉しかったみたいで毎日のように皆に自慢していたよ」

「…………」

「記憶を失って君は変わった。異常に警戒心が強くなって誰も寄せ付けなくなり、両親に甘えることもなくなった。でもそれは自然なことだ。君からしたら誰を信じればいいか分からない状況だからね。けど二人のことは信じてあげてくれないかな? 君は覚えていなくても二人にとっては大事な大事な一人息子なんだから」

 

確かにあの二人が俺に危害を加えたことはない。

むしろとても良くしてくれていた。

俺がどんなに素っ気ない態度を取っても「ごめんね」と言うだけで怒ったこともない。

怒ったのは俺が出て行こうとしたあの時だけ。

でも……。

 

「……くな」

「竜治君?」

「嘘付くな! 俺が大事だなんて思う奴いるか!!」

 

いない。そんな奴絶対に。

今まで俺を異物のように見る奴しかいなかったのに信じられるか!!

 

「いるよ。ほら来た」

「は?」

「「竜治!!」」

 

オールマイトの後ろに車が止まって、その車から宮瀬魁と宮瀬志乃が降りてきた。

一直線に俺に駆け寄るとその勢いのまま二人は俺に抱き着いた。

 

「ああ……良かった。オールマイトまた見つけて下さってありがとうございます」

「いえいえ、見つけられて良かったよ」

「本当にありがとうございます。竜治ごめんね。ずっと虐められて辛かっただろう」

「…………」

 

何も言えなかった。動けなかった。

その気になれば振り解くことも出来たのに出来なかった。

二人から抱き締められたのは初めてだ。

触られるのが嫌いだからいつもなら気持ち悪いと思うだろう。

なのに……。

 

「(何でこんなに安心するんだ?)」

 

この温もりに覚えがある。

知らないハズなのに知っている。

これは……幼稚園に行きたくないと思ったのと一緒だ。

体が覚えている。

この二人が俺の両親で自分を守ってくれる存在だと……。

 

「体が冷え切ってるじゃないの。ほらお母さんのコート着て。早く家に帰りましょう」

「か、える……?」

「そう。幼稚園のほうは気にしなくていいから家に帰ろう。あ、でも包帯を巻き直したほうがいいから病院にも行かないと」

 

動かない俺をひょいっと抱き上げて宮瀬魁が車まで運ぶ。

この抱き方も体が覚えている。

温かくて安心する。してしまう。

 

「…おれ、かえって…いいの、か? おれは…もうあんたたちが知ってるおれじゃ……」

「当たり前だろ。竜治の帰る場所なんだから」

「言ったでしょ。記憶がなくても貴方は私達の息子だって。だからいいのよ」

 

そっか、帰っていいんだ。

帰る場所もなかった俺にそう、言ってくれるん、だ……。

ずっと、冷たい態度を取って……い、たのに、まだ俺を……。

 

「竜治どうした? 竜治!?」

「いけない。熱が出ているな。ドゥーベ私が先に病院に連れて行っても」

「お願いします。車で行くより貴方に運んで貰ったほうが速いので」

 

安心したことでプツリと糸が切れたのか体から力が抜ける。

それと同時に襲ってくる寒気と倦怠感。

あれ? なんか苦しい……。

 

「死んだら駄目だよ。君は沢山愛されるべき子供なんだから」

 

ゆっくり閉ざされる視界の中、オールマイトの言葉が異様に大きく聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――助けて。

 

――助けて。痛い、苦しい。

 

――何で僕がこんな目に合わないといけないんだ。怖いよ。

 

――ここから出してくれ。止めろ、殺さないで!

 

――放してよ! 助けて……もう苦しいのは嫌だ!

 

 

 

 

――お前を助けるものなど存在しない。

 

――そうだ。憎め、恨め、全てに絶望しろ。

 

――その闇を抱えたまま我の……

 

 

 

 

 

「ーーはっ!!」

 

物凄く苦しい夢を見て目が覚めた。

久し振りにこの夢を見た。

時々見るんだよな。

全身から汗が吹き出すほど苦しいのに内容が思い出せない変な夢。

 

「ん? ここ…部屋」

 

そして目が覚めた場所は宮瀬竜治の部屋だった。

ヒーローグッズや本が数多くあるちょっとしたオタク部屋だ。

何でここにいるんだ?

えっと確か……。

 

「竜治目が覚めたのね」

 

思い出そうとしていると宮瀬志乃が部屋に入ってきた。

手にタオルとペットボトルを持っている。

 

「酷い汗。今拭いてあげるわ」

「あ……」

 

手慣れた様子で宮瀬志乃が汗を拭く。

触れられるのなんか絶対に嫌だったのに、あの感覚が残っていて前より嫌だと感じない。

そっか。俺あれから意識を失ったのか。

手の包帯も新しいし体も意識を失う前より軽いから治療を受けたっぽいな。

 

「かなりうなされていたわ。悪い夢見たのね。どんな夢だったか話せる? 悪い夢を見た時は誰かに話すだけでも気分が良くなるから」

 

そうなのか?

なら話したいところなんだけど生憎自分でも覚えていないんだよな。

マジあの夢見ると気持ち悪くて仕方ないから。

 

「……覚えてない」

「そう? なら思い出した時でいいわ。かなり汗をかいているから水を飲んで」

 

渡された水を飲んだら少し気分が良くなった。

しかし熱出すなんていつ以来だ?

こんなにしんどかったっけ?

 

「まだ熱が高いわね。体痛くない? 筋肉もかなり傷めてるそうだから痛かったら言って。痛み止めも貰ってあるから」

「…………」

 

以前の俺なら弱ってる姿なんか見られなくないし、何処が悪いのかも絶対言わない。

弱肉強食の世界じゃ弱っているなんて知られたら即刻死に繋がる。

でもここは野生じゃない。

それにこの人は俺が弱っていると知っても命を狙ったりしないと知ってる。

 

「喉と……腕と脚がいてぇ。でも薬はいい」

「分かったわ。まだ眠ってていいわよ。朝になったらご飯食べましょ」

 

ゆっくりと宮瀬志乃は俺の頭を撫でる。

やっぱり体が覚えてて安心するな。

あの変な夢見た後だから余計そう思う。

 

「お休み竜治」

 

気が付いたらまた目を閉じて眠っていた。

誰かの前で意識を失うのではなく眠ってしまうなんて……体の記憶も馬鹿に出来ないな。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

目が覚めたら熱は下がっていた。

大分体調は良いハズなのに上手く考えることが出来なくて頭がボーっとする。

無気力状態って言うのかな? 何かをする気力が湧いてこない。

まぁ当然か。

色々思い出したからな。自分がどれだけ中身のない存在なのかとか。

今の俺は何の目的もない。本当に無。

全ての目的を失うとデジモンってこうなるんだな……。

あ、これは人間も同じか。

そんなこと考えながらベッドの上で茫然と外を見ていると

 

「竜治入るよ」

 

宮瀬魁が部屋にやってきた。

ベッドの横に椅子を持ってくるとそこに座る。

 

「熱はもうないみたいだけど、まだ何処か悪い?」

「いいや……ただ何もする気力がないだけだ」

「そっか。実は昨日のうちにお母さんと相談して決めたことがあるんだ」

「決めたこと?」

「うん。あんなことがあった後じゃ竜治は幼稚園に行き辛いだろ? だから遠いところに引っ越そうと思うんだ。竜治が嫌なら止めるけど、どうかな?」

「……別に」

「分かった。じゃあすぐ手続きをするね」

 

デジタルワールドでも決まった場所にいなかったから生活圏を移動することは苦じゃない。

ん? でも人間の引っ越しって結構大変じゃなかったっけ?

かなり費用とか掛かるって本で読んだけど大丈夫なのか?

 

「竜治がそんなこと気にする必要ないよ。ヒーローだった時僕そこそこ稼いでたから貯蓄はバッチリさ。心機一転。いいところに引っ越そうね」

「……何で」

「ん?」

「何で俺なんかのためにそこまでするんだ?」

 

勝手にいなくなって勝手に具合悪くなって……今まで迷惑しかかけてない。

態度だって最悪だった。

正直捨てられて当たり前というレベルだ。

 

「なんか、じゃないよ。竜治は僕達の大事な息子だ」

 

しかし宮瀬魁は迷うことなく言った。

 

「それにあれは僕達も悪いんだ。竜治がいい子だから甘えちゃった」

「え?」

「竜治は甘えん坊で無邪気だったけど年の割にしっかりしている子だった。手のかからない子だねって言われて僕達もいい気になっていたんだと思う」

「…………」

「竜治が無個性だと分かる少し前に僕は左の上半身に大怪我を負って左目の視力が極端に落ちた。僕の個性は相手の姿をしっかり両目でかつ裸眼で捉えないと発動しないものだから正に致命的な怪我だった。日常生活を送る分には問題ないけどヒーローは続けられなくなっちゃった」

 

宮瀬魁は俺が知らない“前”の話をし始めた。

それを俺は口を挟まず聞く。

 

「竜治はヒーローになってお父さんが救うハズだった人達を僕が救うんだって意気込んでいたよ。だから無個性だと分かった時竜治は酷く落ち込んでた。その時僕達は無責任なこと言っちゃったんだ。無個性でも頑張ればヒーローになれるよって。そのために頑張っていたことが原因で苛めが始まった」

 

そういえばあのガキ共もそんなこと言ってたな。

興味がなかったからスルーしてたけど。

 

「この個性社会で無個性がどれほど差別されるのか個性を持っている僕もお母さんもちゃんと理解出来てなかった。出来ていたら竜治が苛められているってすぐ気付けたのに。あの後更に話を聞いたら竜治は罵声を浴びせられるだけじゃなく物を隠されたり壊されたりもされてたんだって。けど竜治はそれを誰にも言わなかった。……多分僕達に心配かけまいと黙ってたんだろう。それがあの嵐の日に爆発した。自分と同じくらいの子供が個性を使って人助けをしているのを見て」

 

低体温で死にかけていた老婆を助けるために加熱関連の個性を持つ人が必要でたまたまその個性を持っていたのが自分と同じ年齢の子供だった。

ヒーローから許可を得てその子供が個性を使って老婆を助けている場面を見て今まで我慢してきたものが爆発したと。

 

「何で僕を個性持ちで生まれさせてくれなかったんだ。お母さんとお父さんも大嫌いだ、と言って竜治は避難所を飛び出した。その時僕は元ヒーローとして救助活動に参加してたからすぐ追いかけられなくて……いや、これも僕のせいだ。一番大事なのは竜治なのに他を優先してしまったから。他のヒーローから子供が鉄砲水に飲まれたと知らせを受けた時は本当に後悔したよ。状況からそれが竜治なのはほぼ確定だったから」

「…………」

「竜治が記憶を失くしたと知った時は罰だと思ったよ。竜治を助けられなかった、些細な変化に気付いてあげられなかった僕達への罰だって。ねぇ竜治。もう一度チャンスをくれない? 今度はちゃんとお父さんとして竜治を守るよ。だから少しでいい。僕達のこと信じてくれないかな?」

 

守る。

あの時オールマイトが言ったことと同じ。

……何だろう。

ずっと誰かにそう言って欲しかった……気がする。

 

「信じる、なんて出来るかよ……。どうせ……いらなくなったら捨てるんだろ」

 

でも信じてもいいのかと思った瞬間、異常なほどの恐怖心を感じた。

信じたところでまた裏切られる、見捨てられる。そう思っている自分がいる。

あんな思いをするくらいなら最初から一人でいいと……。

 

「そんなことしないよ。言っただろ。竜治が大事だって。例えどんなことがあっても僕もお母さんも竜治の見捨てない。約束するよ」

 

けど宮瀬魁は真っ直ぐに俺の目を見て断言した。

嘘は言っていない。長年の経験で分かる。

あまりに迷いのない返答に俺のほうが驚いてしまった。

 

「そ、それに俺は……自分のことが分からない。何の目的もない。本当に空っぽなんだ。多分これからもあんた達に迷惑しかかけねぇぞ」

「それは当たり前だよ。竜治には記憶がないからね。でもそれはこれから知っていけばいい。目的がないなら見つければいい。空っぽなら埋めていけばいいだけさ。勿論僕達も協力する。だからそんな顔しないで。辛かったらそうだと言ってくれれば僕達がちゃんと受け止めるから。もう一人で我慢しなくていいよ」

 

宮瀬魁が優しく俺の顔に触れる。

そんな顔って俺どんな顔してたんだ?

けどわざわざそう言うってことは余程酷い顔だったんだろう。

俺を気遣って触れる手がとても温かい。

俺が何を言っても意思を曲げない心の強さ。

この人達なら信じてもいいの……かな?

 

「……ありがとう。俺も……頑張る、な……」

 

自然とその言葉が口から出た。

それを聞いた宮瀬魁はゆっくりと俺を抱き締める。

もう気持ち悪いとは感じない。

俺は静かにその抱擁を受け入れた。