先日は
亡き親父の誕生日
そして
母さんの誕生日お祝いへのブログへ
たくさんのコメントやメッセージ
ありがとうございました
たわいもない
私的な話題に
コメントをいただけて
ほっこりとした気持ちになれました
俺は
残念ながら子宝には恵まれませんでしたので
親の心という
親心を
知らないんですよねぇ
そこが
この年齢として未熟なとこなのかもしれません
みなさんは
親でもあったりもする方が
たくさんいらっしゃるので
俺みたいのにも
そういったコメントをいただけるのかなぁって
優しさを受け止めてます
うちは
特別な家庭環境に育ってきたので
親への思いもまた
特別なんです
親父は
男として
仕事に生きた人間で
家庭には
たまぁにしか
帰って来なかったからねぇ
それでも母さんは
子供の為と
女としての自分を捨て
母親として生き抜いてくれたんです
なので
母さんは
時には父親であったり
時には母親であったり
ただ
決して
親父のことを
悪く言ったことはありませんでした
そのおかげもあって
中学位になると
親父を一人の男として
尊敬できるまでになりましたからねぇ~
それから
親父の後を継ぐと決めました
それを聞いた親父は
すごく喜んでいたようです
中学のときから
お店に立って
見てきました
今だから言えるけど
違法だよね
高校のときには
ディスコで
レコードを回しながら
照明操作
カウンターでの接客
そして
ダンスと
遊び半分、お手伝い半分でねぇ
当時はバブルでしたので
週末は200人とか
ちょー満員だったんですよぅ~
そして
ケンカはつきものでねぇ
それの仲裁に入っていくのは
大変でしたねぇ
それから大学になってからは
キャバレーに立って
ホールを切り盛りしながら
お店を回すようになりましたからねぇ
残念なのは
そんな親父と一緒に
お店に立てたのは生涯、一回だけ
今でも
俺の脳裏に
そして胸に
刻まれています
俺の宝物なんです
もっと早くとか
言ってしまえば
後悔だらけになってしまいます
こんな話題
俺のブログで
何度してきたろうねぇ
親のことを思うと
走馬灯のように
思い出されてくるのです
そんな親父のお店を
きちんと復興できなかったのが
親父への
一生の懺悔なんですよねぇ~
まぁ
借金を何億も残されて
その精算に
どれだけの思いをしたかなんですがね
それでも
親父が一代で築いた城を
きちんと残していたかった
どれもこれもすべてが
今の俺の財産です
なんか
ブログを読み返していて
みなさんのあたたかさに
ほっこりとしたので書きました
ありがとうございました
