今日は

母さんの誕生日


今年で
83歳になりました




母さんもまた

波乱万丈な人生です




あの
いつも語っている
親父の妻をやり通したんですからねぇ

それから
俺たちを育て上げてくれて



そんな母さんは

10数年前に
肺癌となり

余命を宣告されました

あまりに
短い余命に

姉ちゃんと
病院の帰りに泣きじゃくったのを
今でも
思い出されます


親父に
まだ、連れていくなよ!!

勝手に早く死んで
俺らに悪いと思うならば

まだ、母さんを連れていくな!!


いつも
そう拝んでました




覚悟を決めてはいましたが


奇蹟的なことに

体調は良好となりました


病院でも
例のないことで
奇蹟としか言いようがないとのことでした






母さん本人には
余命は伝えてませんでした


なので
余計に良かったのかもしれません

そして
担当医の先生と
ウマが合っていたことも

良好に向かった要因かもしれません






病室では
持ち前の明るさで

周りの患者さんからは
慕われていました


そして
当時は

病室内では
一番重かったのが
母さんだったんだけど
本人はそれすら知らずにいたので


周りの患者さんを
励まして
笑わせて
勇気を持たせ

退院していくのを
見送ってました

本人もいつも
冗談を言って
笑っていました



その後
他の方々が
再入院してきたり

母さんも、抗がん剤治療で
再入院したりすると

また、顔を合わせて
お話しては
笑わせてました





結局
他の方々は、ほぼ亡くなられてしまったようで

母さんだけが
今でも生きているという





その後も順調に
10数年来たのですが




今年の春に
転移が見つかりました

今度は喉頭癌です


抗がん剤だけだと
更なる転移の恐れありで

手術をすると声を失う


そう
つんくさんと同じ癌です


担当医は
手術がした方がいいが
年齢もあるし
ご家族で判断してくださいと


本人は
もう歳だし
手術したからとて
あと何十年も生きられないんだから

言ってましたが




俺が

見えなくなったり
聞こえなくなるのは
生活していても
かなりの恐ろしさとの闘いになるだろうけど

話せないのは
筆談など
何とかなるんじゃない!?

手術したら!?

との言葉が引き金になったのか
わからないですが


本人も手術へ気持ちを固めたようでした




その矢先に

このコロナ

入院はしたものの


その後はコロナで
面会できず


手術日だけは
特別に面会させてもらえました



もう、声が聞けなくなるからと

朝に
姉ちゃんと三人で
動画を撮っておきました

たわいもない
会話で

緊張をほぐしてあげるようにしながら
笑って話してました


そして
母さんの最後の声を耳に残して



手術へと送り出しました



部屋に戻ってきたときは
まだ、麻酔から覚めず眠ったまま


喉には
十文字に切ったあとの縫い目


そして
大きな穴

そこから
空気の出し入れや
喉のつまりを取る用のものとのこと



見ていても
痛々しい感じでした



そのまま

起きないまま
面会も、終わり


退院するまで
コロナで会えず



姉ちゃんが
面倒をみてくれてはいるんですが


俺がやっと会えたのは
それからしばらくしてからでした


やはり

顔を見られるとホッとします


母さんも
俺が来たのが
嬉しかったようで

笑顔が満開でした



うっすらとは
息が漏れる音でわかることもありますが

ホワイトボード片手に
筆談で会話をしました






そんな母さんも

83歳を迎えることができました


体調を
見計らって


顔を見せに行かなきゃです




電話だけでもだったのが
それすらできなくなり


声を失うって

やはり
大きなものを失うのよね



なので

姉ちゃんにLINEして
メッセージを送っておきました




母さん

お誕生日おめでとう