俺が
最初に札幌に出てきたのは
小学校4年生になるときでした
当時の俺は
見た目
男の子か、女の子か
わからないような感じでした
髪の毛は、マシュマロカット
今でいう、ロン毛ですよねぇ~
デパートで
母さんが
この子に合う服の売り場はと
店員さんに聞くと
100%
女の子の売り場に案内されてましたからねぇ
転入の日
みんなの前での挨拶
男か!?女か!?
みんなのざわつく声が
耳に入ってきて
とても、嫌な気持ちでした
そう
この頃の俺は
今の俺からは想像がつかない
内気な子だったんです
当然
自分から積極的に声を掛けていくなんてことも
できない子ちゃんでした
休み時間には
いつも
窓際に立って
一人、ポツンと外ばかり見ていました
それでも
子供です
みんなから
たくさん声を掛けてもらってくうちに
少しずつ
打ち解けていきました
夏からは
野球チームに入ったりしてました
そんな夏休みのときです
地元の洞爺湖に帰っていたときに
あの
有珠山の噴火に合いました
噴火被害のお話は
また、別の講釈で
夏休み後には
その貴重な体験を
みんなに、話してくれないかと、先生から
要請されて
道徳の時間かなんかで
その
噴火体験を、クラスのみんなに
お話したことがありましたねぇ
今でも
そうなんですが
体験談を話すのが
下手なんですよねぇ
俺の
いろんなレポからも
お分かりいただけるかと
それでも、当時の俺なりに
死を覚悟した
お話をしましたねぇ
なにせ
空が真っ暗になり
赤ちゃんの頭くらいの大きさの
火山岩が、降り注いできて
窓ガラスが割れて
噴煙、火山岩が
家の中に、入り込んできたりで
そりゃ
死ぬな
と、思うでしょ
まぁ、そんな体験談を語りましたねぇ
当時は
母さんと、俺ら子供は札幌に
父さんは
地元でそのまま商売を続けていたのでねぇ
その後は
復興バブルのように
親父の商売も
一気に上向きに拍車がかかりましたねぇ
小学生時代は
野球ばかりしていましたねぇ
守備
外野から入り
ファーストやって
ショートやってと
4番を中心に
3番、5番
クリーンアップは打ってきてましたよ
その頃の夢は
プロ野球選手でした
あと
卓球も夢中でやってましたねぇ
少学時代はアホでね
テストも、ろくな点を取れてなかったんですが
6年の中間位から
点数が取れるようになり
少し
勉強にも目覚めてきたのかなぁ
この頃は
お坊っちゃま時代
真っ只中ですよねぇ~
地元では
渡邊さんちの息子として
一目、おかれてましたからねぇ
次は
中学時代を書いていきますねぇ
てか
なんだか
100日のワニ
的になってない!?
大丈夫かな!?
歌を歌うには
思いが大切
歌詞を読み込んで
歌う演歌は特に
歌人は
俺にとっての
元気の源です

