
札幌STVには、献花台と、記帳台が設けられています
たくさんの方がいらっしゃってました
当然
晤郎さんに関わったスタッフ
そして、五木さんを始めとする、そうそうたる面々のお花が飾られていました
そのなかに
どーん
ありました
山内惠介
一際、大きなお花が
ホッとしました
本当に、ホッとしました
きちんと押さえるべきところは、押さえていてくれてました
惠ちゃん、ありがとう
すっかり、今週に入ってからのブログは、晤郎さん絡みになってしまって
ラジオを聴いていない方には
なんのこっちゃ!?
誰、それ!?
でしょうからねぇ
なんで俺が、こんなに書き込んでいるのか、わからないでしょうけど
わかってもらえる方には、わかってもらえてる
それだけでいいんです
晤郎さんとは、それだけ大きな方だったのです
市川らいぞうさん、勝新太郎さんを、師として持ち
映画の世界、歌の世界を経て
流れ着いたのが札幌
そしてSTVラジオ
15分の番組から、9時間の番組を持つようになり
それでも足りない位
全力で話してくれていました
なので、9時間、飽きません
9時間ですよ
それを毎週
毎週、同じレパートリーでありながら
違うもののように作り上げる
本当に、これぞ職人です
なので、いろいろな職人さんからも愛されました
型に、はめず
気象協会の天気や
道路交通情報など
お姉さん方とのやりとりも、ただの発信だけではなく
やりとり!!という会話を重んじ
その子らの素の部分を引き出して
お知らせに興味を、もってもらえるように、工夫してくれてました
やはり、生身の人が話していると、こちらも聞きやすくなりますからねぇ
なので、段取り通りだけやろうとする人には、アナウンサーや、ランラン号のお姉さんなど
厳しくしてましたねぇ
会話を楽しもうよ
それが晤郎さんだった
さすがの晤郎さんも、晩年は優しくなりましたねぇ
若かりしときには、本当に噛みついてました
叱りつけてました
相手の子が、泣いてしまうくらい
泣いたら、また叱り
それが、教えでした
ただ、最近は、叱り方も優しかったよなぁ
本当に毎回、勉強することがたくさんでした
本当に、もうあの声を聴けないのか
同じことばっかり書いてますねぇ
ごめんなさい
書くことで、気持ちを落ち着かせようとしてます
しばらくは、晤郎さんから、離れられません
