俺の親父

勝新太郎さん





そっくりだったんです

前にもここで、書いたので、古いフォロワーさんは、ご存じでしょう

本人の公認でした

俺も、勝新太郎さんとは、4回位、会ってます
17歳のときに、うちに来いって言われた

あんとき、行ってたら、芸能の道を歩んでいたかも

その方が、天命だったのかも





あそこが、分岐点だったと思う






親父

生きていたら、81歳を迎えるんですねぇ





親父は、とてつもなく厳しかったです
けど、欲しいものには、首を横に振られたことは、なかったなぁ

親父の前では、常に正座です
なので、今でも、あぐらより、正座の方が、楽なんです

当時、地方では、名の知れた店をやっていました
不動産もやったり、幅広い商売をしてました

いわゆる、俺も、ボンボンでした

なんとなく、感じるとこあるでしょ!?

親父が亡くなったのは、53歳
俺が21歳のときでした



それからは、とんでもない経験をしてきました
血尿に悩まされたときもありました

世の中の、手のひら返しの恐ろしさ
そっちの道の恐ろしさ

逆に、手を差し伸べてくれた、あたたかさ

すべて財産を無くして、裸になって

ここでは、書けないような内容です



そこからが、今の俺です

一度、無くした人生みたいなもんです


金銭面では、子供のころから、若いときに、最高潮を迎えていたので、今では、落ちる一方です

ただ

あのままの俺でいたら、どうだったろう!?

くそ生意気なままだったろうな

あれが、あったから、今の俺がいる

そして、どんなことがあっても、母さんと姉ちゃんと、三人で乗り越えてきた

家族のありがたみが、よくわかる

他人の痛みも、わかるようになった、ような気がする


ただ、親父には、今でも、店をつぶしてしまって、申し訳ないという気持ちだけが、つきまとう

そして、あなたの息子が、こんなに、不甲斐ない人間で、申し訳ないという気持ちだけがある


48歳

こんなんで、いいのか!?って


あんな、豪快な男だった親父

今の俺を見たら、どう思われることやら




だけど、人には、愛される人間には、少しはなれたよ

って、言えるかなぁ


親父、今年もまた、おめでとうな




長々と俺の半生語ってしまいました

お付き合いくださり、ありがとう