大橋照子さん
ご存じない方には「いきなり誰やねん?!」でしょうねぇw
まぁ、「大橋照子」で検索をかければすぐに分かることではありますが。。。
世間一般的なプロフィールとしては、
・1950年3月5日生まれ(現在61歳)
・都立駒場高校→慶応義塾大学文学部(ドイツ文学科)卒業
・1972年に日本短波放送(現ラジオNIKKEI)へアナウンサーとして入社(のちに退社してフリーに)
・一時渡米する1985年まで主として青少年層をターゲットとしたラジオ番組を多数担当
(代表番組:「ギャングパーク」・「ヤロウどもメロウどもOh!(通称:ヤロメロ)」・「キャンディーズ情報局」・「ラジオはアメリカン(同:ラジアメ)」・「私の書いたポエム」(※現在も放送中)など)
・198?年に銀行員(たしか東京銀行だったはず)の山本氏とご結婚(現在の「本名」は山本照子さん)
・1990年に帰国して国内番組を担当
・現在はNPO「日本スピーチ・話し方協会」 の代表理事・講師として活動しておられるとともに、現役ラジオパーソナリティーとして上述の「私の書いたポエム」のほか「大橋照子のドキドキラジオ 」(ラジオNIKKEIオンデマンド配信)で活躍中
ということになろうかと思いますが、私なりの言葉で大橋照子さん(以下、親愛の意味を込めて「照子さん」と記載)を説明すると、
①(おそらく我が国)最初(で最後?)の正統派アイドルアナウンサー!(移動時は親衛隊が密着・護衛!!)
②「4人めのキャンディーズ」といっても過言ではない女性!
まぁ、私が中学生から大学生時代にかけて照子さんの番組(特に「ヤロメロ」)のリスナーで、そこにキャンディーズが有形・無形を問わず登場していたわけで。。。
つまり
「キャンディーズファンになるきっかけとなった女性アナウンサー」
ということです。
私以外にもこのパターンのキャンディーズファンが少なからず存在すると思いますし、逆パターン(キャンディーズから入って照子さんへ)の方もおられることでしょう。
実際、照子さんの番組って「全キャン連の広報媒体」という一面もあったわけですし。。。
(「全キャン連メンバー」と「ヤロメロリスナー」って、かなりの部分で重なっていたように記憶しているのですが、勘違い??w)
照子さんが局アナ(社員)時代に上梓なさった「愛の風は風力3」という詳伝社の本(エッセイ)です。
なにゆえカバー写真としてこのショットが採用されたのか失念しまいましたが、ご本人はヴィジュアル的にも素敵な方です(HPの画像などを拝見すると30年前からほとんど変わっておられないようですw)。
初版第1刷の日付は「1977年7月15日」、つまりキャンディーズの「解散宣言」の2日前です。
価格は630円(もちろん非課税w)ですが、当時中学2年生だった私にとってはちょっとした「買い物」でした。
この本では、照子さんから見たキャンディーズ(の各メンバー)像がコンパクトにまとめられています。
(サブタイトル「えぐれ・獅子舞・チェリーです」の「エグレ」と「獅子舞」はキャンディーズと密接に関係していますw)
とてもあたたかい(口が悪いともw)言葉が並んでいます。
(ちなみに裏表紙側は小島一慶氏が書いておられます)
「前略 素敵なキャンディーズ」という章で、照子さんとキャンディーズの関係が詳らかにされています。
まずは照子さんとキャンディーズの「出会い」に関する記述から始まり、次ページにかけて
「1977年のお正月、ひまつぶしに4人で借り物競争をやった」というお話が展開されています。
「消防自動車」というお題を引いたランちゃんが、「しょうちゃん」という男の子(しょう坊)をミニカー(自動車)とともに連れてきて
「しょう坊+自動車→消防自動車」(バンザーイ!バンザーイ!)
というオチですw
ランちゃんがいかに「機転の利く頭の良い人物」かというエピソードですが、いまなら「有名女性タレントが誘拐事件の容疑者に!」ですね(笑)
左側に描かれたイラストは「秀逸」という以外に言葉がありません。
次ページでは、照子さんが引いたお題が「獅子舞」であったことから話が展開します。
考えあぐねた照子さんが
「シッシッシッシッ(となにかを追いたてる真似)、マイマイマイ(と言いながら踊る真似)」
という姿を見て、ランちゃんがひと言。
「照子さんが鏡を見れば、そこに『獅子舞』がいるじゃない」
これがウケて、以後は誰もが「獅子舞」と呼ぶようになり、ついに照子さんも自身のニックネームとして認めざるを得なくなってしまった。。。
つまりランちゃんが「獅子舞」の名付け親ということです。
右ページの前半は引き続きランちゃんの頭の良さや優れたリーダー性(親分肌と言ったほうが正解?w)に関する記述です。
見開き部分はわれらがミキちゃんに関する記述ですが、内容は「ミキちゃんが意外とおっちょこちょい」ということと「胸がエグレてるのはどっち?」(笑)
今でいう「貧乳」の代表選手のようなミキちゃん。
照子さんが「日本エグレの会」の副会長で、ミキちゃんが偉大なる会長でしたw
といっても、キャンディーズの3人はいずれも錚々たる「貧乳」なんですが。。。
(誤解があるかもしれませんが、スーちゃんにしても「胸囲」がほかの二人より豊かなだけで、私の記憶ではたしか「鳩胸出っ尻の会」の会長だったはずですwww)
ちなみに、「日本エグレの会」に関しては、照子さんとキャンディーズの4人による「発足式」の様子(音声)がミキちゃんのファンサイト(非公式) 内にリンクされています。
まぁ、ほかにこれといった欠点が見当たらないミキちゃんは、彼女の中では唯一にして絶対的な弱点である「バスト」をネタにされるしかなかったということでしょう、きっと(笑)
照子さんも
「でも、ミキちゃん、美しい人。ハスキーボイスがまたいい。」
という一行で締めくくっておられます。
(ちなみにランちゃんは「目が小さい!」とか「ちゃんと目を開いて!!」と、いつもあの「目」をイジられていましたよねwww)
左半分から次ページの1行目まではスーちゃんに関する記述です。
「甘えん坊キャラ」
「とにかくかわいい」
「ほかの二人が細すぎるだけで実際はスマート」
と、世間一般のスーちゃんに対する認識とまったく乖離のない内容です。
(私個人としては、スーちゃんは「元祖ポチャカワ系アイドル」と位置付けられてほしいところですがw)
次節はキャンディーズの3人が「人間」としていかに素晴らしいかというくだりです。
「どんなに急いでいても、楽屋・控室を退出する際には室内を空っぽにしていく(ファンからのプレゼントはひとつ残らず持ってゆく)」、「三人のファンに対する姿勢を自分も見習わなくてはならない」(これはご謙遜だと思われw)と書いておられます。
左ページの写真は、モノクロでしかもドットが粗いのですが、ある意味4人のベストショットとも言える画像だと思います。
(「ドキドキラジオ」HP内の「キャンディーズ特番 」のページの左上に小さくですが貼られています)
さらに次ページ(最終ページ)では、「ハーモニーが乱れるからヤメて!」とキャンディーズからツッコまれながらも(もちろんシャレですが)、照子さんは3人の前で「哀愁のシンフォニー」を口ずさんでいるというエピソードが載っています。
まぁ、これだけでも照子さんとキャンディーズがいかに親密な関係にあったかが理解していただけるかと思いますが、以前ご紹介した「卒業アルバム」には、照子さんから3人への餞の言葉(1ページ)や、ヤロメロの紹介記事が掲載されています。
3人のトレードマーク的イラストが実はヤロメロリスナーによるものだったという驚愕の事実www
1977年12月28日には、新宿の「ピザハウス ジロー」でキャンディーズと照子さんを囲んでファンの集い(食事会?)が開催された、と記載されています。
「ついでに」と言っては失礼千万ですが、「卒業アルバム」にはこの御大も「君たちに贈る。」と題する文章を寄稿しておられます。
さらに蛇足ですw
以前、ランちゃんが「笑っていいとも!」の「テレフォンショッキング」に初めて出演したときの映像がYouTubeにアップされていました(すでに削除されているようです)。
その中で、
「キャンディーズで一番ミスをしていたのは誰か?」
とタモリさんが質問したのですが、これに対してランちゃんの答えは、
「ミキちゃんですねぇ(笑)」
私は「えっ?!うっそ~~~ん!」www
YouTubeにupされている映像をご覧になるとよく分かりますが、ミキちゃんがミスったところなど、私が知る限りこの1回 だけです。
(イントロでマイクを落として「ゴトッ!」という音が流れていますw)
キャンディーズでミスをするといえば、これはもうスーちゃんしかいないわけでwww
例①:「やさしい悪魔」で出場した最後の紅白(1977年)で痛恨の出遅れ!
例②:「わが愛しのキャンディーズ」でも映像化されている「レッツゴーヤング」での「夏が来た!」歌唱時の歌詞・振り間違い(3か所ほどw)
などなど、ほかにも多数あるでしょう(笑)
ところが、「卒業アルバム」のカバーに、3人がそれぞれほかのふたりに対してコメントを書いていて。。。
いちばん下の「ミキから」というところに注目!
「●ランちゃんへ
え~、いつもトチってすみません。(以下省略)」
ほえ~~~!!ミキちゃん、やっぱりミスしてたんやねぇw
さらにスーちゃんにも「(ミキちゃんは)すごくおっちょこちょい」って書かれてるし(笑)
そういえば、照子さんも「いつも部屋を出てから二分後にミキちゃんが(忘れ物を取りに)ダダダダダッと戻ってくる」なんて書いておられました。
ステージ上ではランちゃん同様にノーミスだと思っていましたが、舞台裏ではけっこう「ドジっ娘さん」だったということですか?www
閑話休題。
2008年4月4日に開催された「キャンディーズ解散30周年記念フィルムコンサート(キャンディーズファン同窓会)」にも、当然ながら、照子さんは参加しておられました。
(というか吉田照美さんとともに司会だったんですねwww)
さらに、今年5月5日の13時30分から14時30分に一般放送として「大橋照子のドキドキラジオ」の「キャンディーズ特番」(もちろんスーちゃん追悼特番です)があったのですが、私は短波を受信できるラジオを持っておらず、またradikoのサービスエリアにもいなかったため、聴くことができませんでした(泣)
マスコミが「キャンディーズ」を取り上げるときには、ネームバリューだけで石破さん(自民党政調会長)にコメントを求めるのが常ですが、そんな場面を観るたびに
「照子さんにひと言もらったほうがよっぽど価値があるやん!」
と勝手にムカついております(笑)
いきなりコメントを求められる石破さんにしても
「私、の~したらいいの~?!」
と思っているのではないかとwww
(「再結成が実現しなかったのは『センター争い』があったから」などとド素人以下の戯言を発した「自称」プロデューサーの酒井某などは論外です)
と、拙い記憶を頼りにあれこれ書いているうちに、いつしか「ガバテッ!ガバテッ!」とキーボードを叩く指にも力が入り、すっかり長くなってしまいました。
(キャンディーズと違って「時間はあるのよ~」なので始末が悪いwww)
とりあえず、「私」と「大橋照子さん」と「キャンディーズ」の「三角関係」については、このあたりでお開きとします。