親孝行って何?って考える

 でもそれを考えようとすることがもう

 親孝行なのかもしれない



 松ちゃんが書いた『チキンライス』のこの歌詞に、私は幾度も救われてきました。

 自分は世間一般で言えば、親孝行な娘ではないと思っているからです。

 地元新潟では生きる未来を描けず、京都の大学に行かせてもらいました。

 自分なりになんとか生きてきたつもりだけど、世間では大したことのないと言われる職歴だとも思っています。

 他人から両親のことを言われると苦しいと感じることもあります。

 私のような娘で、両親に申し訳ないと思うからです。


 けれど、母は何度も、「ほんとに京都に行ってよかったね!いい人たちに出会えてよかったねぇ!」と、言葉にして伝えてくれます。

 母の中には、最も苦しい時期の私の姿が焼きついているのかもしれません。

「淋しい」とか、「新潟に帰ってきて欲しい」という言葉を、両親から聞いたことはありません。

 一度、母の友達から、「お母さんも淋しいだろうし、帰ってきてあげなさいよ。親はやっぱり娘がいてくれるのが1番いいんだから」と言われたことがあります。

 正直ものすごく腹が立ちました。他人が口を挟むな、と。

 その人から見たら私は親不孝者なんだろう。両親の面倒も見ずに自分の好きなことばかりして。

 そんなこと、私が1番わかってるわ。

 だけど、私は新潟に戻って暮らすことは1ミリも考えられない。

 私の生きる場所はそこではないから。

 だからと言って、両親を大切に思っていないわけじゃない。


 私の心にある罪悪感は、年に何度か帰省する娘を迎える両親の、静かで優しい笑顔を前にすると、少し慰められるのでした。

 3人の子供たちが、折につけお酒やお菓子を送ってくれて、父は嬉しそうにそのお酒を飲み、母は「幸せ者だねぇ、父さん」と微笑む。

 そんな2人の姿を見るたびに、私はその精神性の高さに驚愕し、自分はこの境地にはいけないだろうな、と思うのです。


 親孝行って何?って考えます。

 松ちゃんの書いた言葉に頼っていいのなら、私が父とお酒を飲むこと、母の料理をたくさんおかわりすること、2人が喜びそうな食べ物をしょっちゅうネットで検索することも、親孝行の一覧表の隅っこに載っていると思っていいかな。


雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶


 さて、26日が仕事納めだった父、翌27日はお昼ご飯を食べた後、なんだかいそいそと出かけて行きました。

 母に訊くと、しかめ面で「パチンコ」だとキョロキョロ

 そうそう、私が小さい頃から父はパチンコが大好きで、勝った日はチョコレートを買ってきてくれたのでした(笑)

 この日は満面の笑顔で帰ってきたので、あぁ勝ったんだなとわかりましたニコニコ

 しかも、「ケーキを買ってきたから」と、父。

「ケーキ!?すごいじゃん!!」と言うと、さらに得意そうな笑顔爆笑





 こちらがそのケーキキラキラ

 五日町の『大阪屋』さんというケーキ屋さんです。

 我が家では、誕生日もクリスマスも、全部このケーキ屋さんでした。懐かしいったらお願い

「シュークリームと苺のケーキとモンブランがあるから。俺はモンブランはいらないから、2人で食ってくれ」と父。

 パチンコに勝ったお金でケーキ屋さんに寄るその姿は、とっても楽しそうだったことでしょうニコニコ

 私たちが喜ぶと思ってケーキを選ぶ父の姿を思い浮かべると、愛しさが湧き上がります。きっと、母も同様に。

 呆れた顔の中に、父の人間性を深く知る愛情が滲み出ているから照れ


 もちろんこの日の夕食の後にいただきましたが、その前に、私と母、「父さんのケーキを食べよう」と、「父さんの」を強調します(笑)

 もちろん父が喜ぶから爆笑

 テレビを見ながら、お茶を淹れて親子3人でケーキを食べるって、たぶん幸せ。きっと幸せ。

 私が親孝行な娘かどうかは、両親の判断に任せよう。

 親孝行って何?と考えることはやめられないだろうけど。