ご家族のお見舞いで病院に行ったり、医療系のニュースを見たりしたときに、「院内感染」や「薬剤耐性菌」という言葉を耳にしたことはありませんか? 病院は病気を治す場所ですが、免疫力が落ちている方が多く集まる場所でもあるため、健康な時には全く影響のないような細菌がトラブルを引き起こしてしまうことがあります。

その中でも、医療現場で特に警戒されている細菌の一つに「バンコマイシン耐性腸球菌感染症(通称:VRE感染症)」というものがあります。

名前が長くてとても難しそうですよね。なんだか恐ろしい不治の病のように聞こえるかもしれませんが、正しい知識を持っていれば、むやみに怖がる必要はありません。今回はこのバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)がどのような菌で、なぜ問題になっているのか、そして感染を防ぐためにはどうすればいいのかを分かりやすくまとめてみました。

 

■ バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)とは?

まずは、この長い名前を分解して解説していきます。

「腸球菌(ちょうきゅうきん)」というのは、実は私たち人間の腸の中に普段から住み着いている常在菌の一つです。健康な人の便の中にも普通に存在しており、普段は悪さをするどころか、腸内環境を保つためにおとなしく一緒に暮らしています。

「バンコマイシン」というのは、細菌をやっつけるための強力な抗生物質(抗菌薬)の名前です。他の薬が効きにくい頑固な細菌感染症に対して使われる、いわば「切り札」のようなお薬です。

そして「耐性(たいせい)」とは、その薬に対して菌が抵抗力を持ち、薬が効かなくなってしまった状態のことを指します。

つまり、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE:Vancomycin-Resistant Enterococci)とは、「普段はおとなしい腸の細菌が、強力な切り札であるお薬(バンコマイシン)を跳ね返す力を身につけてしまった状態」のことなのです。

 

■ 一番重要なポイント:「保菌」と「感染症(発症)」の違い

今回この病気について少しリサーチしたのですが、健康な人が日常生活でこの菌によって急に重い病気になるリスクは極めて低いそうです。ここで最も大切なのが、「保菌(ほきん)」と「感染(発症)」の違いを理解することです。

・保菌(定着)とは VREが体の中(主に腸内)に入り込み、そこに住み着いているだけの状態です。この状態では、熱が出たりお腹が痛くなったりといった症状は全くありません。健康な人であれば、本人が気づかないうちに便と一緒に菌が体の外へ排出され、自然にいなくなることもよくあります。

・感染症(発症)とは 腸の中にいたVREが、血液の中や尿の通り道(尿路)、あるいは手術の傷口など、本来なら菌がいないはずの場所に入り込み、そこで増殖して悪さをしてしまう状態です。これによって熱が出たり、炎症が起きたりして初めて「VRE感染症」と診断されます。

 

■ どのような症状が出るの?

VREが体のどこに入り込んで悪さをするかによって、現れる症状は異なります。

・尿路感染症 尿道にカテーテル(管)を入れている患者さんなどに多く見られます。発熱や、排尿時の痛み、尿の濁りなどが見られます。

・血流感染症(敗血症) 点滴の管などから菌が血液の中に入り込み、全身に回ってしまう状態です。高熱や悪寒が止まらず、血圧が急激に下がるなど、命に関わる非常に危険な状態(敗血症)になることがあります。

・手術創の感染 手術後の傷口に菌が感染し、赤く腫れ上がったり、膿が出たり、治りが遅くなったりします。

 

■ どんな人が発症しやすいの?

前述の通り、健康な人がVREに感染して重症化することはほとんどありません。発症のリスクが高いのは、以下のような「体の抵抗力が著しく落ちている方々」です。

・大きな手術を受けた後の患者さん ・長期間にわたって抗生物質の点滴治療を受けている方 ・抗がん剤治療や免疫抑制剤を使用しており、白血球が減っている方 ・長期間ICU(集中治療室)に入院している方 ・人工呼吸器や尿道カテーテルなどの医療器具を長期間使用している高齢者

 

■ なぜ「耐性菌」は恐ろしいのか?

腸球菌そのものは、本来そこまで感染力が強く、悪毒な菌ではありません。では、なぜ病院はVREが出たとなると厳戒態勢をとるのでしょうか。

それは「治療に使える薬の選択肢が極端に少なくなってしまうから」です。 切り札であるバンコマイシンが効かないため、もし免疫力の低い患者さんが敗血症などを起こした場合、治療が後手に回ってしまい、救えるはずの命が救えなくなってしまう危険性があるのです。現在ではVREに対抗できる新しいお薬(リネゾリドやダプトマイシンなど)も開発されていますが、それらにも耐性を持つ「さらなるスーパー耐性菌」が生まれることも危惧されています。

 

■ 病院内でどのように広がるの?(感染経路)

VREは、空気感染(咳やくしゃみでうつる)はしません。主な感染経路は「接触感染」です。

VREを保菌している人の便や分泌物に触れた手で、別の場所を触る。あるいは、菌が付着した医療器具やドアノブ、ベッドの柵などを介して、別の人の手へと菌が移り、最終的に口から体内に入ってしまうことで広がっていきます。

 

■ 私たちにできる予防策とは

VREから大切な家族や自分自身を守り、これ以上耐性菌を増やさないために、私たちが日常生活や病院で気をつけられることがあります。

  1. 徹底した手洗いと手指消毒 感染予防の基本中の基本は、やはり手洗いです。トイレの後や食事の前はもちろん、お見舞いで病室に入る前と出る時には、必ず石鹸と流水で手を洗うか、備え付けのアルコール消毒液でしっかりと手指を消毒しましょう。

  2. 病院のルールに従う 面会に行く際、もしご家族がVREを保菌していると分かった場合、病院側から「使い捨てのエプロンと手袋をつけてください」とお願いされることがあります。これは他の患者さんに菌を広げないための大切なルールですので、必ず指示に従ってください。

  3. 抗生物質(抗菌薬)の正しい使い方 実は、VREのような薬剤耐性菌が生み出される最大の原因は「抗生物質の不適切な使用」です。 風邪のほとんどはウイルスが原因なので、細菌を殺す抗生物質は効きません。それなのに「念のため抗生物質をください」と求めたり、お医者さんから処方された薬を「熱が下がったから」と自己判断で途中でやめてしまったりすると、生き残った細菌が薬の攻撃パターンを学習し、耐性菌へと進化してしまいます。処方された抗生物質は、指示された日数分を必ず飲み切ることが何よりも重要です。

 

■ 最後に

「バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)感染症」は、現代の医療技術が発達し、様々な抗生物質が使われるようになったからこそ生み出された、現代病の一つとも言えます。

もしご家族が検査で「VREの保菌者です」と言われても、健康状態が安定していればパニックになる必要はありません。医師や看護師さんの指導の下、正しい手洗いと衛生管理を続けていれば、過度に恐れる必要のない菌です。

目に見えない細菌との戦いはこれからも続きますが、まずは私たち一人ひとりが「正しい手洗い」と「薬の正しい使い方」を心がけていくことが、未来の医療を守る大きな一歩に繋がります。

少し長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。皆様とご家族の健康を心から願っております。