中時新聞網の一週間前の記事からです。

文言文無用?台大生吐真實心聲 點名「這篇」古文很美:人生被治癒

林毅 的故事  • 1 週

不少台大生表示,曾被古文字句治癒,直言很多文言文句子真的很美。(示意圖/shutterstock)© 由 中時新聞網 提供

 

  北一女中國文老師區桂芝不滿108課綱刪除多篇經典古文,在記者會上重砲轟擊,引發全民關注。就有台大生好奇「文言文真的無用嗎?」,直言自己人生曾被一篇古文治癒,詢問大家有沒有過相同經歷。

  北一女の中国語教師區桂芝さんが、民国108年カリキュラムから多くの古典が削除されたことに不満を持ち、記者会見で激しく意見を述べたために全国の注目を集めた。 国立台湾大学の学生は、好奇心から「漢文は本当に役に立たないの?」と、自分の人生は古典に癒されたと率直に語り、同じ経験をした人はいないか尋ねた。
 

  一名台大男學生在DcardPO文表示,沒有要討論文言文的論戰,不過在求學過程中,大家應該都有讀過讓自己非常驚豔的古文。他舉例自己就非常喜歡歸有光的《項脊軒志》,尤其是當中「庭有枇杷樹,吾妻死之年所手植也,今已亭亭如蓋矣」,瞬間就能腦補出一幕很美的開放式電影結局。

  国立台湾大学の男子学生はDcardに投稿した記事で、古典文については議論の余地はないが、学習の過程で誰もが驚くような古文を読んだことがあるはずだと述べた。 彼は、歸有光の『項脊軒志』がとても好きであるという例として、特に「中庭に枇杷の木がある。それは妻が亡くなったときに植えたもので、今では天蓋のようになっている」と述べた。瞬時に彼の頭の中に美しい映画のエンディングのような情景が思い浮かぶという。
 

  原PO說,自己在準備學測期間,奶奶驟然離世,讓親人都措手不及,非常傷心,因此在複習時看到歸有光寫祖母的段落時,心中充滿了感觸。他直言當下念文言文,可能會覺得字斟句酌毫無意義,但總會在人生某個瞬間,被這些句子治癒。

  投稿者は、学力試験の準備中に祖母が突然亡くなり、家族は不意のことでとても悲しんだ。それで、復習中に歸有光の祖母についての文章を見たとき、とても胸がいっぱいになったという。 漢文を読んでいると、一字一句を考えるのは無意味だと感じるかもしれないが、人生のある瞬間には必ずその文章に癒される、と率直に語った。
 

  不少台大學生也分享自己覺得非常有意境的古文:「始得西山宴遊記蠻讚的,裡面一段『到則披草而坐,傾壺而醉。醉則更相枕以臥,臥而夢。意有所極,夢亦同趣。覺而起,起而歸』,簡單文字就能充分表達遊玩的閒適,身歷其境」、「最愛的還是諫逐客書,有力道、有氣勢、有條理的堆砌,把大秦的強盛氣魄寫得淋漓盡致,不愧為駢文初祖」、「高中讀桃花源記時,老師還額外教了歸去來辭,人生第一次讀文章落淚,壓力大的時候好有共鳴」、「琵琶行,每次讀到別有憂愁暗恨生那段,都有觸電的感覺」。

  多くの台湾の大学生もまた、非常に芸術的であると感じた古文について共有した。「『始得西山宴会旅行記』は非常に素晴らしい。その中には次のような一節がある。「到着したら、草の上に座って壺を傾け、酔う。酔うと共に寝転がって夢を見る。意は極端だが、夢も同じ。目が覚めたら戻ってくる」 シンプルな言葉でゆったりとした遊びと没入感を十分に表現できるという。「私のお気に入りは諫逐客書で、力強くて勢いがある。整然と積み上げられ、秦王朝の力強い精神を生き生きと描写している。駢文の祖にふさわしい」「高校生の時に『桃花源記』を読んだ。先生からはさらに歸去來辭も教えてもらった。文章を読んで泣いたのは生まれて初めてで、ストレスが大きいときにはとても感じ入ってしまった」「『琵琶行』の別有憂愁暗恨生の部分を読むたびに、私はビビッときてしまう」

 

 

  今日の単語「字斟句酌」zì zhēn jù zhuó

 

  「字斟句酌」zì zhēn jù zhuó

   一字一句の解釈や推敲

 

  この四字熟語の中に「斟酌」という熟語が分かれて入っています。

  「斟酌」という語彙は、融通を利かせるという意味で

  ミーティングの時などもよく使われる言葉ですが、

  このように四字になって発音すると、なかなか難しいですね。

  舌を噛みそうです。

 

  『成語典』から引用します。↓

 

 

  白居易さんと柳宗元さん

 

 

 

 

 

 

 

  当然のことですけど、

  私たちは漢文と古文と両方習いますが、

  台湾の学生たちにとって、古典とは漢文のことなんですね。

 

  一人目の学生が言っている

  歸有光の「項脊軒志」の中の

  妻が植えた枇杷の樹が天蓋のようになっている、というくだり

  とても感動的ですね。

 

  《項脊軒志》の動画を見つけたので、貼り付けておきます。

  

 

 

  こんな素晴らしいくだりがあるなんて、

  日本で習った漢文だけでは

  なんだか足りない気がしてきました。

 

  妻は死んでしまったけれど、

  妻が植えた木が育って

  大きな傘のようになっていた…。

 

  やはり夫の目を通しての描写なので

  私達読者も生き生きと情景を

  眼の前に思い描くことができるのでしょう。

 

  また、枇杷の木というセレクトが素晴らしいですね。

  私もぜひ生きているうちに

  実がなる木を植えてみたいと思いました。

 

  が、まずは

  庭がある家に住まなくてはいけないですね。

  更に、夫より先に旅立つ必要もあります。

  なかなかハードルが高そうです…。